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笹本は同期入社だった。高学歴のイケメンがいると評判だった。要領もよく上の覚えもよかった。
あれは確か入社してすぐの出来事だった。俺は鈍臭くて要領も悪く、しかも上司とは壊滅的に気が合わなかった。それに早く辞めればいいのにという態度が見え隠れしていたのも俺を苦しめた。そんな時、大切な契約書の一枚を失くしてしまった。俺はまた怒られるという恐怖で半狂乱になって探した。だが見つからなかった。それに上司から覚えの悪い俺の味方になってくれる同僚や先輩はいなかった。上司は暴君だったのだ。俺は深夜まで探し続けていた。
ちょうど残業を終えて帰るところだった笹本とばったり会った。よほど様子がおかしく見えたのだろう、笹本は俺と一緒に契約書を探してくれた。ゴミを回収した業者のところまで一緒に出向いてくれた。すると上司のゴミ箱から回収したゴミと一緒に契約書が出てきた。俺はホッとしたせいか涙ぐんでしまった。見つかった時は手を取り合って喜んだのを覚えている。
そういえば──あの上司はどうなったんだ? 俺はその後に急に部署を異動させられた。慣れない部署だったから仕事を覚えるので必死だった。けどなんであんな時期に急に異動になったんだろう。俺の異動先だった部署は笹本の上司がかつていたところではなかったか?
「すみませんっ! お代はいくらですか?」
俺は立ち上がった。戻らなくちゃ。俺は笹本に最新のデータを渡すべきだ。
「──お代はもう頂いてますよ」
そう遠くから声が聞こえた。いや、俺は何も払っていない──
気がつくと俺は歩道に立ちすくんでいた。あのカラスが鳴いた場所だ。顔を上げる。そこに黒塗りの扉はなかった。ただの駐車場だった。
息を吐く。酒臭くない。何より俺は酔ってはいなかった。
これなら会社に戻っても平気だ。
俺は会社に戻るために駆け出した。
**
「うまくいったね」
「まあ、そうですね」少女の問いかけにカラスはうんざりしたように答えた。
「いちいちこんなことを?」
「だってそれでお父さまの負担が減るのなら」
「手伝うのも面倒です」
「そう言わないで。あなたは〈導きの神〉じゃないの。ねえ、八咫烏?」
八咫烏は横目で少女を睨んだ。「どうして神が手伝わないといけないんでしょうか?」
「暇なんだからいいじゃない」少女は肩をすくめた。「次からはもう少しうまくやらなきゃ」
「そうですよ! どぶろくとか桃源郷からかっぱらってきたとかいうのはナシですよ、閻魔さま?」
「その名前で呼ばないで! キラキラネームなんてうんざりよ」
八咫烏は「そうですか? かわいいと思いますけど」と呟くとその大きな翼を拡げて、どこかへ飛び立って行った。
fin

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