母の死

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「けれど奥様のお怒りをかってね……母さんはクビになり、公爵家を出て行くことになったんだよ。ただ、当主様がこの部屋を用意して下さり、毎年お手当も下さっていたの。だから、母さんはお前と二人きりでも暮らしてこれた」  そのことはケイトも常々不思議に思っていた。母は働いていないのに、なぜ自分たちは暮らしていけてるんだろうと。贅沢は出来なくとも毎日の食べ物に困ることはなかったのだ。  しかし、母が病気になってからは薬代がかさみ、食べ物を買う余裕が無くなってきた。それで、ケイトは近所の人々の厚意で働かせてもらっていたのである。 「お前はまだ十二歳。母さんが死んだら一人では生きていけないだろうから、アークライト公爵家を訪ねて行きなさい。きっと悪いようにはされない筈だから」  母は戸棚の引き出しを指差して中を見るように言った。開けてみると、一通の手紙と美しい紫水晶のブローチが入っていた。 「それは当主様から贈られたものだよ。それを持って行けばお前が娘だと分かるからね」  そこまで言うと母は大きく息を吐いて目を閉じた。 「ケイト、お前がいてくれて本当に良かった。私の人生でお前が一番の宝物だったよ。幸せに、生きるんだよ……」 「母さん! 待って! ねえ、お薬飲んでよ? ねえ、まだいかないで! 私を一人にしないで……!」  縋りついて泣くケイトの頭をそっと撫でた後、母の手が力なく落ちた。 「母さん、母さん……!」  母の手を握って泣き続けるケイトの背中にカイルがそっと手を添えた。悲しみに打ちのめされている少女に対し、十四歳のカイルにはそれ以上何もすることは出来なかった。
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