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桜の時期も終わり、少しだけ日差しも強くなり、桜木は新緑の葉で覆われる季節に移っている。
桜の花は、短い時間を強く咲き、皆んなを魅了し儚く散っていった。
あれから、心咲は蒼葉と心が通い全てが充実していて、もちろん自殺なんてもう考えていないし、医者という夢に向かっての大学生活も楽しんでいる。何が起こるかわからない未来が眩しかった。
——だが季節が巡るように運命もまた変化してゆく。
大学に慣れてきて二時限に間に合うように登校している途中に歩道を歩いていた。
「あぶない!!!」
誰の声かはわからないがそう聞こえた。
一台のワンボックスカーが凄いスピードで自分の方に向かってくる。心咲はもう逃げられないと思った。恐怖で動かなくなった身体に力を入れ目を閉じる。
——死ぬのかも!怖い。蒼葉さん!
「心咲!」
——ドドン!!!!!!!
強い衝動が身体に走り大きな音がし、心咲の身体は吹っ飛び道路に叩きつけられる。
——ん?……。死ぬって……この程度の痛み……?
心咲は、力を入れていた目を開けてみる。
自分は車とは反対側に転がっていた。
車は歩道を乗り上げ塀にぶつかり止まっている。ボンネットは曲がり黒煙がでて、パトカーや救急車の音が聞こえ始めた。
「心咲が……無事でよかった……」
いるはずがない蒼葉の声がする。
周りを見回すと道路の端に横たわっている。
それを見てすぐに自分を守ってくれたのだと心咲は理解した。
よろけながらも蒼葉の元に急いでかけよる。
蒼葉に車が接触したはずだが、大きな傷は見当たらないものの、ぐったりしていた。
息は荒く蒼白い肌は一段と蒼白くなっていた。
心咲は大粒の涙を流して蒼葉を抱きしめる。
「何で……あたしのせいで……死なないで……」
何度も何度も繰り返し苦しそうに蒼葉に声をかける。
蒼葉は、ぐったりとしているのに顔は微笑んでいるように見える。薄らと開けている黒目には泣いている心咲が映っている。
「心咲……大丈夫だから。僕はもともと死んでいるんだ……。心咲が無事だからよかった」
心咲は、蒼葉の言っている意味がわからない。
「大丈夫じゃないよ。何言ってるの?」
蒼葉は目を閉じており蒼葉の目から涙が溢れ、ゆっくり頬を伝う。
「運命には抗われないこともあるんだ。心咲……僕みたいな病気で死んでしまった人を1人でも救ってあげて……」
心咲は止まらない涙を何度もぬぐい首を横に振る。
「嫌だ。何言ってるの?蒼葉がいないと……あたし……」
蒼葉は最後のチカラを振り絞って、目を開き心咲の顔を見つめる。
「大丈夫。心咲は強いから……。僕に恋をさせてくれてありがとう……。今ならあの歌の気持ちがわかるな……大好きだよ……」
一瞬微笑みそのまま目を閉じたかと思うと、強い風が吹いた。蒼葉の手も足も段々と消えていく。
心咲はこの状況も、蒼葉の言っている意味も理解できない。涙が止まらない。
ただ愛している事を蒼葉にもう一度伝えたくて、動かなくなった蒼葉の唇にキスをした。
いつものように呼んでくれる口も抱きしめてくれる温かい手ももう動かないし消えていく。
そして、ついに心咲の腕から蒼葉の姿が無くなった。
心咲は呆然として蒼葉の姿があった場所を見つめた。
蒼葉のいた場所には季節はずれの桜の花びらが沢山落ちていた。
花びらは太陽の光が当たりきらきらと輝いていた。
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