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翌日から心咲は、不安はあったものの、始めての大学生活を緊張しながらも楽しめた。
友達はまだできていない。もともと自ら話しかけるのは苦手だし、友達だって沢山いる方ではない。いつも相手から来てくれるのを待っている。
まだ友達はできていなくとも、未来を諦める気持ちはもう無い。
数日後、心咲は蒼葉に会いに1人であのベンチに向かった。
あの時は自分の気持ちを知りつくしているかのように諭してきた蒼葉へ苛立ちや、誘導された事による羞恥感でいっぱいになり、色んな思いをした。だが、ここ数日経験しないはずだった大学生活をして、もう一度彼にお礼が言いたくなったのだ。
胸を膨らませあのベンチに行ったが、蒼葉はいなかった。
「会えないかぁ……」
誰もいないベンチには桜の花びらが無数に落ちている。
心咲は、桜の花びらを丁寧に払い落としベンチに座る。8分咲きになった桜を見上げた。
桜の花や枝の隙間から見える青空がまた桜の美しさを際立たせる。時折桜の花びらがゆっくり風に吹かれ踊りながら目の前を舞う。
——自然は綺麗だな。
「心咲ちゃん」
蒼葉の声がした。いつの間にか、笑顔で心咲の目の前に立っていた。
「蒼葉さんこんにちは」
「こんにちは」
「今日はどうしたの?」
蒼葉は心咲のすぐ左側に座り心咲を見つめる。
——近っ。近距離で美男子に見られるのはちょっと……。見ないでほしい!
心の叫びは蒼葉には届かない。恥ずかしくて顔を赤くし下を向く。蒼葉は心咲が自分の方を向かないので、不思議そうに声をかけながら、どんどん近づいていく。
蒼葉の顔の近さが我慢できなくなった心咲は、たまらず左手で蒼葉の胸を押した。
「ちょっとちょっと離れて下さい……」
蒼葉は心咲の慌てように声を出して笑い出した。
「何?心咲ちゃん免疫なすぎでしょ?何もしないよ!」
心咲は、胸の高鳴りがおさまらない。
——蒼葉さんといると調子が狂う。
心咲は蒼葉がいない右側に身体を向ける。何度も深呼吸を繰り返して、心を落ち着かせながら話し出す。
「蒼葉さん……この前はありがとうございました。自殺とかもう考えてませんので……」
蒼葉は、心咲の言葉を聞くと喜びの声を上げた。
「心咲ちゃん!」
蒼葉は心咲の身体を後ろから抱きしめる。
「キャー!!」
心咲の悲鳴も全く気にせず蒼葉は嬉しくて、抱きしめる腕にチカラがはいる。
心咲は、両手で抱きしめられた腕を剥がそとしたが、その時蒼葉の小さい声が聞こえた。
「ありがとう……」
心咲は剥がそうとした手を辞め、宙で自分の膝に戻した。
——どうしたんだろ?何?
結局どう対処していいかわからず、蒼葉が腕を離してくれるまで、心咲はもじもじしながらじっと耐えた。
しばらくして蒼葉は腕を外す。
いつものテンションで話しかけてきた。
「友達できた?」
「まだですかね?顔見たら話す程度の人ならいるので大丈夫です……」
蒼葉はそれを聞くと、心咲の髪を留めていたバレッタをサッと外した。心咲の絹糸のような黒髪はぱらりと肩に落ち、優雅に風になびく。
「こっちがいいよ。僕に話すみたいに話せばいいんだよ。後は笑顔で!」
心咲は突然の蒼葉の行動に驚き固まっていたが、蒼葉からバレッタを渡されると、今度は恥ずかしくなり、目が泳ぎ始める。
何を言っていいかもわからず目を逸らしまた下を向いた。
蒼葉は足を組み、手に顎を乗せて、そんな心咲を満足そうに見ていた。
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