桜は私を魅了する

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高鳴る胸を抑えながら、いつもの桜の下のベンチに向かった。 蒼葉の姿が見える。ベンチに座って古書を読んでいる。ページをめくる動作もしなやかで、目を奪われた。 好きと自覚してから見る蒼葉は、いつも以上にキラキラして見え、心咲は意識すればする程心臓の音が大きくなる。 ——意識しない。いつもどうりいつもどうり。 呪いをするように自ら言い聞かせて、近づいていき、思い切って蒼葉に声をかけた。 「難しそうなやつ読んでますね?」 蒼葉は心咲に気がつき、ふわりと笑った。 「ふふ。難しくないよ。心咲だって興味でるよ?今読んでるのは『君がため 惜しからざりし命さへ 長くもがなと 思ひけるかな』と言う和歌なんだ。」 「百人一首に出てくるやつですね。藤原義孝?切ない和歌ですよね」 「そうだね。僕はちゃんと恋愛した事ないから、こう和歌のようにずっと長く一緒にいたいと思える恋愛がしたくて、神様に生かせてもらってるんだ」 「何ですかそれ?」 蒼葉は突然声を出して笑った。心咲は不思議そうな顔をして蒼葉の隣りに座った。 「ふふふ。いいの。でも恋は心咲ちゃんにしてるから」 「え?」 「髪下ろしたんだね。似合ってるよ?」 心咲は突然の告白にどうしていいかわからなくなり顔が火照りオロオロし始めた。先程まで気にしないようにしていた鼓動もまた主張してくる。 「心咲ちゃんは好きな人いるの?」 蒼葉の問いに心咲は心中で葛藤する。 ——どうしよう……。 今まで見ないようにしていた蒼葉への恋心を今日自覚した。恥ずかしいけど、蒼葉の前では素直でありたい。 真っ直ぐに蒼葉を見てゆっくりと口を開いた。 「蒼葉さん。私も蒼葉さんの事大好きです……」 「心咲」 名前を呼ばれたと理解した時には、もう蒼葉に強く抱きしめられていた。蒼葉の息が耳にかかり温かい。華奢だと思っていた蒼葉の胸板はしっかり自分を受け止めている。自分とは違う香りがまた緊張を一段と強まらせた。 蒼葉は、抱きしめた手を緩め心咲と目を合わせる。 「心咲……俺も大好きだから……」 蒼葉の顔がゆっくり心咲の唇に向かう。碧葉の唇が心咲の唇と重なる。 初めてしたキスは、不思議に蒼葉の事をもっと好きだと感じさせた。そして唇を離せばまた欲しくなった。 桜の花びらがひらひら舞い散る下で、心咲と蒼葉は何度も何度も角度を変え繰り返しキスをした。 気持ちを確かめ合うように……。 日当たりが悪いこの場所の桜も今では満開になっていた。咲き始めは白い花に見えていた花びらもほんのり薄いピンク色に染まっていた。
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