戸惑いの太刀魚

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***  ーー間違って、いないはずだったのに。 「ご馳走様でした!」 「......ごめん、失敗した」  結果的に彼女が305号室に上がり込んで居るのは、その後彼女が物珍しさに買っては来たものの調理ができないと持ち込んだ太刀魚のせいである。  太刀魚は太刀のように銀光りする平べったい魚だ。ぶつ切りにされたものなら、塩焼きやムニエルにして簡単に食べられる。  しかし、彼女が買ってきたのは、滅多に店頭に並ばない頭から尻尾までが繋がった1mはあろうかという太刀魚である。太刀魚の特筆すべき点は、その鋭利な歯だ。生きている太刀魚の歯は暴れる最中に触れると指が切れるという話もある。  流石に動いていない今、そんな心配はないが念のため頭は綺麗にカットした。  尚、夏から秋にかけてが旬のためこの時期の太刀魚は珍しい。 (これ、どうやって1人で食べる気だったんだろう)  食べ物に罪はなく、腐らせるよりは断然美味しく食べた方が良いのは自明の理である。  そう言った経緯で調理を請け負ったーーにも関わらず、その簡単なはずの太刀魚の調理を僕は盛大に失敗して今に至る。
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