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第一話 悪魔の小瓶は目覚める
その星には名前も活火山も休火山も海もなかったが、一軒の家が建っていた。
その星は平たい岩石を基盤にしていた。地球にあるもので例えるなら、水平に投げたら水面を飛び跳ねそうな石に似た形をしていた。自転も公転もしない場所に浮かんでいるその星は、地球でいうところの『セントラルパーク』程の広さがあり、『春』に似た気候をしていた。芝生に覆われ、手入れのされた木が並ぶ姿もセントラルパークによく似ていた。そんな平たい星の片側にその家は建っていた。
その家の外観は地球で例えるならカリフォルニア州あたりによく建っている家のような、真っ白な外壁が印象的な平屋で開放的な造りになっていた。青々と茂る芝生に向かってその家の扉が内側から開いた。
では、『この瞬間』からこの物語を始めよう。
扉を開けたのはその家の住人であり、つまりその星の唯一の住人だった。その住人が家の外に出たのは地球の時間でいうところ『八年ぶり』の出来事だった。
『彼』は地球にあるもので例えるなら『人間』に似ていた。しかし明確に『人間』とは違う部分もあった。例えば彼の『髪』にあたる部分は赤と紫と橙色の炎で出来ていたし、例えば彼の『目』にあたる部分にはめられた眼球は瞳孔が横に裂けていたし、例えば彼には『尾』が生えていた。が、おおむね『人間』のような姿だった。
彼はその家から出てくると遠く地球がある方を眺めてその口を開いた(ちなみに彼の舌は紫色だったがそれぐらいなら人間という種族の誤差にあたるだろう)。彼は大きく口を開いて喉の奥から音を吐き出した。
「パパパパンパパーン!」
ちなみにこれは彼の口癖なので特に深い意味はない。
彼は自分の声が響き、そして消えていくのを確認すると満足気に頷き、着ていたジャケットの内ポケットから煙草を取り出した(ちなみにそのウールジャケットはD'URBANのもので、煙草の銘柄はChe Redだった)。
彼はグルグルと喉の奥を鳴らしながら、右手の人差し指と親指をこすり合わせパチンと音を鳴らす。途端、彼の右手は炎に包まれた。
彼はその炎で煙草に火をつけると、ふわふわと煙を吐いた。彼はそこで「ア!」となにかを思い出したような声を出した。
「This isn’t fu××ing Earth.I should light by my hair.」
彼はぶつくさとそんなことを言いながら腕の炎を消したあと、「ア?」とまたなにか思い出したような声を上げる。彼は「オイオイ」と言いながら自身の真白の両手で、自信の燃える髪を掻きむしった。髪から落ちる火の粉は、芝生に落ちる前に空気に溶けて消えていく。
「ない! どこにいったんだ、オレの角! オレの! 角!」
彼はしばらく自分の頭を撫でまわしていたが舌打ちと「Fu××!」の暴言を吐き捨ててそれを辞めた。それからパチパチパチンと指を三度鳴らした。
一度目にはその燃える炎でできていた髪は白髪に染まり毛先だけが青色の髪になり、二度目にはその瞳は金色の瞳孔が縦に裂けた瞳になり、三度目にはその尾は姿を消し、そこにはまさに見た目だけは『人間』の青年が残っていた。
「Now then……パパパパンパパーン……」
彼がもう一度指を鳴らすとその場に一台のハーレーダビッドソン1942式FLが現れた。彼はハーレーを右手で撫でると「Ciao gioa,Sei sempre Bellissima.」と呟いた。
このハーレーは彼のとても大切な相棒だった。彼はメーカーの想定とは違う使い方をしていたがそのハーレーに対しての愛は【宇宙一】だと自負していた。彼はそんな愛用のハーレーにまたがりエンジンをいれると「humm……Time to rock!」と声を上げ、地球に向かってそのハーレーを走らせた。
つまりそのハーレーは芝生を削りながら走り出すにとどまらず、『宙に浮き』、宇宙に向かって飛行をし始めた。その速度は光よりも速く、そのエンジン音は宇宙に響き渡った。宇宙空間は真空だから音は響かないと人間は考えているが、彼は人間の把握できる物理法則からは外れる存在だ。だから彼が指を鳴らせばその宇宙空間一杯に𝐒𝐦𝐞𝐥𝐥𝐬 𝐥𝐢𝐤𝐞 𝐭𝐞𝐞𝐧 𝐬𝐩𝐢𝐫𝐢𝐭が流れるのは必然だった。
彼は地球に向かって爆速でハーレーを飛ばしながら欠伸をした。
「寝すぎたなァ……」
たしかに彼が目覚めるのは地球の時間でいうところの『八年ぶり』のことだったのでそれは正しい呟きだった。彼は爛々と輝く金色の瞳で地球がある方角を見ながら「My sweet home.」と呟いた。かくして『悪魔』は鼻歌を歌いながら地球までハーレーを走らせた。
――これが、この物語の始まりで、わたしが産まれる約二時間前の出来事だ。
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