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プロローグ
弟が生まれた。
私と十七歳離れた弟の絢冬は、生まれた時の体重が2500gに満たない「低出生体重児」だった。そのため、お父さんもお母さんも日常が絢冬のことで頭がいっぱいになった。
「花凛は自分のことは自分でできるよね?」
「うん」
「お父さんもお母さんも忙しいから」
「……うん」
育児に必死なお父さんとお母さんの顔を見ると、頷く以外の答えがない。何を話しかけても『忙しい』と返ってくるだけの会話が続く。あっさりとあっけない時間、でも今はせめてこれが家族の会話と呼べるものであれば、この世界に私の居場所はある気がした。
鞄から携帯を取り出すと今は朝の七時半。学校の正門はまだ開いていなかったので裏門に回る。教室へは行かずに校舎裏へ。花壇に囲われた古びた茶色のベンチに腰かけると、目の前に一本の大木が見える。十二月なので木に葉は一枚もついていない。このソメイヨシノの木は校長先生の話だと、この高校が設立された四十年前に苗を植えて育ったらしい。
誰もいない、静かな日だまりの下。ベンチにもたれて、ただ日向ぼっこするつもりで、私はそのソメイヨシノの木をぼんやりと見つめていた。
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