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祭りの後 1
「いわゆる、匂わせだよね」
まど香のSNSには、赤い花火とまど香の浴衣姿の他に、誰かの後ろ姿が映っていた。
後ろ姿だから顔はわからない。しかし、見る人が見れば、すぐに朝陽だとわかる。
あろうことが、見つけたのは浅井だった。
当然のように会社でそこのとを訊いてきた。
「付き合ってるの?」
配達を終えたメンバーで、事務所前の駐車場で一服しているときだった。
「この、浴衣の清水さんのそばにいるのって、朝陽だよね」
課長や後藤さんもいるのに、浅井さんの追求は止まらない。
「違うよ」
「でもさ、絶対そうだよ」
2人の言い合いに、その場にいた人間が浅井の手元を覗き込む。そして、疑いようがないと理解すると、ニマニマと笑い合った。
「あら、朝陽くんたらやるわね」
「いつのまにまど香ちゃんに手を出したの?」
「イケメンは違うよね」
そして、みんなで朝陽をからかい始めた。彼女ができたことがバレただけの、特に変哲もない出来事のはずだった。
「違いますよ。俺じゃないって」
否定する他に手立ても見つからず、その一点張りだった。
(やめてくれよ)
その時、よぎったのはあの子の顔だった。朝陽に彼女ができたことは、社内でバレてはいけないのだ。特に浅井さんには。その日、朝陽は逃げるように会社をあとにした。
(なんでこうなるんだよ)
ムシャクシャしたまま車に乗り込む。
ダッシュボードに置いたスマホがブンブン鳴っている。浅井さんからのメッセージの嵐だ。
(会いたくねぇ)
画面に躍る文字に嫌気差す。
(こんな時はーー)
スマホを手に取り、朝陽は雪世からのメッセージが混じっていることを確認する。
ーー夕飯食べに来る?
ーーそうめんと唐揚げと枝豆
こんな時は、雪世だ。雪世のところへ逃げ込むと決め、朝陽はエンジンを掛けた。
雪世はニコニコと出迎えた。
玄関で靴を脱ぎ、洗面所で手を洗う。朝陽はこの部屋にすっかり慣れていた。
「今から唐揚げ揚げる。ごめん、待ってて」
キッチンからの雪世の声を聞きながら、朝陽は手を拭く。優しい声に胸をなでおろしてきた。
雪世はいつもどおりだ。
「ビール冷えてるよ。冷蔵庫から取ってね」
会社での出来事を知らないわけではないのに、本当にいつもどおりだ。
「あのさ、雪世」
切り出すと、ポケットでスマホが鳴る。朝陽は思わず舌打ちをする。
「スマホ、鳴ってるよ」
「いいんだよ」
どうせ浅井さんだ。うっとおしい。
「あのさ、会社でのことだけど」
雪世はうん、と返した。
「あれ、朝陽じゃないんでしょ?」
油鍋の唐揚げを見つめたまま、これから朝陽が言おうとしたことを先に言った。「あれ」のこと。実際見れば朝陽とわかる。でも、雪世はまど香のSNSをみていないようだった。
「うん。違うよ」
当然のように答える。
「じゃあいいよ」
朝陽に振り返り、
「それより、来年は一緒に花火大会行こうね」
「わかった」
笑顔で返すと、またスマホが震えた。
「電話してあげたら? そんなに連絡きているなら、急用か大事な話だと思うよ」
そう言われ、しばらく考える。時間を伸ばせば伸ばすほど話がややこしくなるかもしれない。
「来たばかりで、ごめん。車でかけてくる」
「わかった。唐揚げ揚げて待ってるね」
雪世の笑顔に朝陽はホッとして部屋を出た。
でも、これは去年の話だ。
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