祭りの後 3

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祭りの後 3

  匂わせ写真事件のせいで、まど香は社員に少し避けられたりした。  でも、雪世だけは全く変わらない。 「清水さん、おはようございます!」 「清水さん、これわからないんですけど、教えてくれますか?」  なんの躊躇もなく、キラキラとした笑顔全開で、まど香に話しかける。恥ずかしいくらいの憧れと尊敬を隠さない。  周りもそれにつられてすぐに元通りに戻った。 (だいたい、あんなことで悪者にされるなんて馬鹿げているもの)  それでも、まど香は、まだ雪世が嫌いだった。  雪世は、人に馬鹿にされてもニコニコして、ひどい皮肉も下世話な話も黙って聞いている。そういうところが好きになれなかった。  それなのに、近頃何故か仕事終わりに一緒に帰ることが多くなっていた。 「乗ってきます?」 と言われ、断ればいいのに、まど香もほいほいついていってしまう。  まど香自身も不思議だった。  そして、途中のファミレスで夕飯を食べることが増えた。 「浅井さんて、本当に樋口さんと付き合ってるのかな」  あさりのパスタを食べながら突然、まど香が言った。 「ええっ」  雪世は情けない声を上げ、眉を寄せた。 「事務所にきた人たちがめちゃくちゃ噂していたよ。知らなかったの?」 「知らなかった」  まど香は呆れ顔でため息を吐き出す。まど香の匂わせ写真の一件から浅井と朝陽は花火の日に二人で会っていたことがバレてしまい、下世話な憶測が流れている。あんなに噂になっていたのに気づいていないなんて。  そんな鈍臭いところも嫌いだし、もし知らないフリをしているのなら、それもそれで小賢しくて嫌いだ。 「雪世ちゃん、いいの? 樋口さんのこと好きなんでしょ?」  今度はしばらく目を見開いてから、 「えっ!」  雪世は時間差で小さな悲鳴を上げた。 「雪世ちゃん、樋口さんとだけは喋りが硬いんだもん」  目を丸くしたまま、雪世はまど香の顔をじっと見つめる。 「鋭いんだね」  困ったような顔で、雪世はカルボナーラをくるくると巻いた。 「清水さんは?」  今度は雪世が訊ねる番だった。 「好きな人いるの?」 「会社にはいないよ」  まど香は目をそらす。好きな人という聞き方が幼稚で薄っすらと不愉快だった。 「雪世ちゃんは告白しないの? さっさとしないととられるよ」 「どちらかというと、憧れというか、恩人だから」  そんな優等生じみた言葉でまど香の質問をかわす雪世に、更にイライラする。 「雪世ちゃん、かわいいから伝えちゃえばいいのに」  投げやりなまど香に、雪世は思わず笑う。 「何か、フラれてほしいみたい」  笑いながら、声色は柔らかいまま、まど香の本音を突いてきた。わかっていて煽られたのか。まど香は何だか我慢できなかった。 「フラれてほしいよ」  売られた喧嘩を買ってやろう。そう思って強めに返したのに、雪世はうふふと笑ってカルボナーラを頬張る。 「やっぱり」  もぐもぐしてから、大きく息をついた。  「清水さんも樋口さんのことは好きなの?」 「まさか」  間髪入れず答える。 「雪世ちゃんがうじうじしているのが煮えきらなくてイライラするだけ」  「良かった」  雪世はカルボナーラを見つめたまま、 「絶対に勝ち目がないから」  自分に言い聞かせるように呟いた。 「なにそれ?」 「二人は似ているから。すごく」 「樋口さんと、わたし?」 「そう。似ているよ」  その時の雪世の顔が儚くて、消えてしまいそうで、思わず頬に手を伸ばそうとしていた。 「清水さん、どうしたの?」  思わず手を引っ込める。 「何でもない」  まど香は誤魔化すみたいにパスタを口に運ぶ。 「フラれてほしいなんて言われて、怒らないの?」  ヤケクソみたいにきいてみる。唇でオリーブオイルがギトギトしているせいだ。きっとそのせいで口が滑るのだ。 「わたしは雪世のことが嫌いだからそんなこというんだよ?」 「別にいいよ」  雪世は顔色一つ変えない。 「清水さんと一緒にご飯食べるの楽しかったの。嫌ならちゃんと断って」 「嫌じゃない」  まど香は注文用のタブレットを手に取る。 「パフェ、食べよう」  猛烈に甘くて冷たくてふわふわしたものを食べたくなったのだ。 「わたし、抹茶のパフェにする」  何事もなかったように雪世は答えた。  まど香は季節のパフェを頼んだ。パスタを食べ終わる頃、うまい具合にパフェは届く。 「食べきるかな」  パフェの背の高さと抹茶ソースのかかった生クリームに雪世は嬉しそうにニヤニヤしている。 「高校の時、好きな人が友だちに寝取られたの」  まど香は唐突に話し出した。 「3ヶ月付き合って、フラれて、その後すぐ彼のことを相談していた友だちと付き合ってた。卒業して一年で結婚して、子どもができたって」  パフェの中のアイスを掘り起こしながら、まど香は喋り続ける。 「それから告白されても付き合っても、何か楽しくなくて。もうあんまり男も女も信用しないことにしたの。雪世はどう?」  雪世は抹茶アイスの上に乗っていた小豆をスプーンですくったところだった。 「わたし、ふられたことしかないからわからない」  あんまりにこやかにいうので、まど香は笑っていた。 「笑うところかな」 「ごめん」  笑いながら、前ほど雪世が嫌いじゃないと気づいてしまった。このときはまだ認めたくなかったけれど。
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