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本当の彼女
瑠衣との約束の期限が迫っていた。
朝陽が彼女を連れてくるという話を瑠衣経由で弟が知り、うっかり母親に話してしまったらしい。
「あのさ、母さんが朝陽の彼女を見たいんだって」
弟が電話で教えてくれた。結婚式の相談を受けて、話の最後に言い出した。
「嘘かもしれないとは話しておいたから、今なら間に合う。本当のことを話しなよ。遊び相手しかいないことを正直に」
弟は心配しているのか馬鹿にしているのかわからない。兄を遊び人で軽い男だと認識していることが許せない。
「うるせえな。嘘じゃないから。連れて行くまで待ってろよ」
再び啖呵を切った朝陽は、やっぱり彼女をつれていかなくてはならなくなったのだ。
水曜日、朝陽はいつもの居酒屋でまど香に正直に話した。
「それで?」
最近お気に入りのアプリコットバックを飲みながら、まど香はもの言いたげな目で見つめ返す。
「わたしが彼女として朝陽の実家に行くの?」
「だめかな?」
「本気の彼女を連れてこいって、あなたの忘れられない初恋の人に言われたから、彼女のふりをしろと?」
そう言われると耳が痛い。無神経なことを頼んでいる。
「そうだけど」
「じゃあ、本気の彼女を探したら?」
「今んところ、まど香が本気の彼女」
「嘘だぁ」
焦っている朝陽を無視し、ふざけて突き放すまど香に腹が立つ。
「ちゃんと聞けよ」
朝陽はまど香の手首をつかむ。まど香は抵抗はしなかったものの、朝陽をきつく睨みつけた。
「前に言ったでしょ。初めての彼氏が友だちに盗られたって。朝陽みたいにふらふらした男は、また裏切る」
「もう裏切らないよ」
「理由も言わず水曜日しか会えない男なんて信用できない。何で会えないか教えてくれないし。しかも初恋の人のためなんだから説得力ゼロ」
言い返せないくせに朝陽は腹が立ってしかたなかった。
まど香は何故「うん」と言ってくれないのだろう。
そのことばかり考えて、胸がモヤモヤした。
それは次の日まで続いてしまった。どうにか気分を晴らしたかった。
今思えば、本当の始まりはこの日だったのだろう。
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