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you
遠くで花火の音がする。
ドン、ドンって。雷みたいに。
休みを使って部屋を片付けた。引っ越しの準備を少しずつ進めている。
(わたしがいなくなるって知ったら、彼はどう思うだろう)
少しは悲しいと思うのだろうか。それとも、ホッとするのか。チリリと胸が痛い。
引っ越し用の段ボールを1つ開けると、わたしは詰め込んだはずの浴衣を手に取った。ついに着ることはなかった。
去年見た写真が蘇る。
白椿の浴衣を着た彼女のそばに写り込んでいたのは、確かに彼だった。
(わたしのは白椿じゃない)
真っ赤な花火を背に微笑む彼女は、本当に綺麗だった。
(サルビアみたいに赤い花火だった)
サルビアが咲く頃は、もう秋が近づいている。
浮かれすぎて、夏が通り過ぎていくのにも気づかない。そんなわたしたちの足元で咲いている。
(今頃、二人で花火を観ているのかな)
あの二人は本当に似ていた。
昔の恋を引きずって、素直になれないところも。
全部わかっていたのに、それでも手放せなかった。それが恋ではなく醜い執着だとしても。それでも。
何もかも、全部胸に残ったままだから。
仕事終わりに、お互い疲れたまま食べる夕飯。二人でみた真夜中の初雪。コタツの中でそろって寝てしまったこと。
わたしは急いで浴衣をしまった。
ポタポタと落ちる涙が段ボールを汚していく。
遠くで花火が打ち上がる音がしている。
いつからかな。彼が部屋にくる回数が減ったのは。
返信も遅くなって、忙しいとか、寝てたとか、テキトウな言い訳に何も言えなかった。
(嘘つきだ)
いつからかなんて、本当はわかっている。
去年、彼が彼女と花火を観てからだから。
(でも、あと少しだけ)
会社を辞めるまでの、あと少しだけ。
わたしはもうあなたの背中を見ない。もう追いかけない。
それでも、もう少しだけ、醜い恋心の中にいさせてほしい。
しかし、いさせてくれないのが現実だ。
ベッドに横になってまもなく電話がなった。
彼女からだった。
「聞いて」
電話を取ると、食い気味に彼女が話し始めた。
「ちょっと目が醒める話するから覚悟してね」
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