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「山本くん、今週の金曜日に部内でお花見するんだけど、どうかな」
井上係長が声をかけてきた。相変わらずしなびたするめのように覇気がない。
「あんなことがあったのによく誘えましたね。去年と同じ桜ケ岡公園で、メンツも同じでしょ?」
「そうだよ。一応、声はかけようと思って」
浮かべる愛想笑いがいつにも増してぎこちない。
「行きません」
「まぁそう言わずに。今年は課長も無茶苦茶はしないと思うから」
周りに、というより当の本人に聞こえないよう、するめは声を抑えている。
「花見には、二度と、行きません」
「なんだぁ、行かんのか山本ぉ?」
気づかず声が大きくなっていたらしく耳に入ったのだろう、衛藤の馬鹿でかい声が響いた。チラと目を向けると、でっぷりした肥満体がドスンドスンと近づいてくる。
「山本。用事でもあるのか? 年に一回の楽しい花見だっていうのに」
するめには悪いが、当の本人がこれである。反省どころか、自分が何をやったかさえ覚えていないだろう、こいつは。
視界に入れるだけでも不愉快なので、視線をそのままに答える。
「特にないですけど、桜が嫌いなので」
「そんなやつはおらんだろ」
「どんなに良いものでも、嫌いな人は必ずいるもんですよ」
「や、山本くん。もう少しその、言葉を。あと、私じゃなくて、課長の方を見てだね」
しなびたするめがさらにひとまわり細くなっているように見える。
「構わん井上。そうまで言うなら無理に誘わんでもいいだろ」
その声は明らかな侮蔑に染まっていた。衛藤は最後にふんと鼻を鳴らし、
「まったく、お前みたく心の貧しい人間は桜を見ても心がときめかんのだろうな、かわいそうに」
そう言い捨てると、いつもの馬鹿笑いを吐きながら帰っていった。
――言葉には気をつけましょう。
――言った方は忘れても、言われた方は一生忘れません。
いつぞやのセミナーで、講師が言っていた言葉を思い出した。
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