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僕は昔、小説家を目指していた。
しかし僕には、文才がまるで無かった。その才が無いおかげと言ってはなんだが、人の文章の優劣を付けるのは得意だった。
だから僕が担当でついた作家は売れてゆくし、自慢じゃ無いがこの業界で僕はそれなりに有名でもある。
例に漏れずこの女も初めこそは雛鳥のようなもので、ただひたすら言葉を並べていたものの、あれそれと僕が指摘を加えると瞬く間に雌鶏に化けた。もうこの女が紡ぐのは、見様見真似の雰囲気小説なんかでは無い。
それはれっきとした『小説』だった。
女は僕から小説の全てを吸収していった。それは今までの誰よりも早く、そして貪欲に飲み込んでいく。
僕はそんな女の小説が好きになった。
そして女は瞬く間に数々の賞を総なめし、女の名は日本の端の小島まで知れ渡ったとか。
僕はといえば、いつも通り女の部屋に上がって、相変わらず万年筆を動かす右手に淫らな妄想を重ねている。
──作品とはいえ、よくもまぁこんなにも僕の好みに育ったものだ。
ほくそ笑んだ僕は、静謐な空間に万年筆を走らせる女が、髪を振り乱して言の葉をかき集める姿に欲情した。
もしもこれが床の上なら、一度では治まるまい。そんな不埒なことすら頭をよぎる。
──小さな雛鳥は雌鶏、いや、金の卵を産む鵞鳥となった。
たったそれだけでありながら、それはとても大きな意味を含んでいた。
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