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序
気温二十七度。三日連続の熱帯夜。
藍色の帳に蝉の声がうるさい。
夢を見ていた気がする。
懐かしいのに、夢の余韻はおぼろげで。
寝苦しさに時刻を確認して、エアコンのリモコンを取り上げる。
上掛けを引き寄せて目を閉じると室温と意識が緩やかに落ちていく。
※
足の甲をアリが歩いて、くすぐったい。
木漏れ日が躍る大樹の陰で蝉時雨のシャワーを浴びていた。
(歳の離れた従兄弟を追いかけていたはずなのに)
アリの行列を夢中で眺めて――気づいた時には遅かった。
胸のあたりが痛くなって呼びかけても応じる声は聞こえない。
彼らにとって年の離れた茉莉は足手まといだったのだろう。
(――ついて行かなきゃよかった)
宝探しに出かける冒険家のようで、うらやましかったのだ。
後悔に鼻の奥が痛くなって、視界を水の幕が歪ませる。
丸い影を落とす麦わら帽子。少し大きな白いTシャツと水色のパンツ。
買ったばかりのサンダルにぽとりと雫が落ちた。
――迷子?
甲高い子供の声。
びっくりして涙が引っ込んだ。
なぜなら茉莉の背よりずっと高い場所から降ってきたような気がしたから。
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