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足音荒く部屋の中へ取って返すと引き出しをかき回した。
(合カギがここに……!)
信じてもいない神頼みの効果か、無事に合カギを掴みだす。
玄関に舞い戻ってパンプスに足を突っ込むとドアを押し開ける。
茉莉を包み込む生ぬるい空気と真夏の日差し。
念入りに戸締りを確認して、炭酸が弾けるような蝉時雨を聞きながら階段を降りた。
木漏れ日が躍る通路は夏草の揺れるむき出しの地面。
青葉をざわつかせる潮騒を聞きながら見上げた空にはおいしそうなソフトクリーム。
(――だったらいいのになぁ)
「おいしそうな雲だねぇ」
頭の上から茉莉の心の声を代弁した声が降ってきた。
振り返ると涼しそうな甚平を着た河野だ。
建設中の鳥の巣頭は横に置いておいて――年頃の娘の鼓動が跳ね上がりそうな笑顔に慌てて半開きの口を閉じて動揺を隠す。
「おはようございます」
「おはよう。慌てすぎて坂道で転ばないように気を付けてね」
「名前がマリでも坂道で転んだりしませんよ」
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