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(その4)1月、先生の誕生日に(2)
「先生、食べましょう。昼は鍋パして、夜はお義兄さんたちと手巻き寿司だよ。任せて! 全部おれが仕切るから!」
張り切る巽は、飲み会の幹事すらしたことがないのだ。南條は巽の成長を思い、微笑ましい顔をして見守っている。
それから、不意に思い出した顔になった。無言で寝室に姿を消した先生の背中を、巽は不思議そうな顔で見つめる。
やがて戻ってきた先生は、その手に紙袋を提げていた。
「巽くん、これ、プレゼント」
「プ、プレゼント? おれ、誕生日じゃないのに……。あ、開けてもいいですか?」
「ああ」
中から出てきた赤い袋を開けた巽は、その中からさらに出てきた緋色の手袋を、目を丸くして見つめた。
「……それ、どうかな? 巽くんは手がちっちゃいから、ユニセックスのものにしてみた」
ハリス・ツイードのタグが縫い留められたその手袋は、表地がツイード、内側がなめした革になっている。美しくて、あたたかくて、頑丈だった。
両手を嵌めてみて、「おれにぴったり」とつぶやく。高揚した頬と茶色の瞳が夫を見つめていた。
「どうして、おれに? おれ、誕生日のときに先生に靴、買ってもらったけど……」
「なんというか、おれの誕生日だけど、記念日だからな」
「記念日?」
南條は照れ臭そうに笑った。手袋越しに巽の手を取る。
「君と今年もいっしょにいられて、歳を重ねら
れた記念日というか……」
「そ、そういうのはお正月とかに言うやつじゃないの?」
恥ずかしくて、照れ臭くて、うれしすぎた巽は、半泣きになりながら手袋を嵌めた手で南條の頬を包んだ。
「ありがとう、先生。おれもうれしいです。先生と、歳を重ねられて」
巽が微笑むと、南條も微笑む。陽射しが差すように、花が舞うように、二人の空気は染まっていく。
(……なにか忘れてない? 巽)
冷静にツッコミを入れたのはハム太くんだ。巽はハッと気がついて、寝室へ。出てきたとき、その手には青い不織布の袋が、金のリボンを巻かれて大切に抱えられていた。
「これ、誕生日プレゼントです。おれとハム太くんで選んだの。開けてね」
ありがとう、と礼を言って、南條が包みを開く。
中から出てきたのは、青とグレーのチェックのマフラー、それもカシミヤだった。
「へへ、ちょっと奮発して……」
「バイト代、注ぎ込んでくれたのか!? ありがとう、巽くん!」
大事にする、と言われ、ぎゅっとハグしてもらい、巽はまたまた泣きそうになった。南條は早速マフラーを首に巻き、「あったかいよ」と少年のように目を輝かせている。
先生へのプレゼントを買ったら、お小遣いが残りほんのちょっとになって、来月のお給料日まではもうなにも買えないけれど。
そんなこと、どうでもよかった。暖房を入れたあたたかい部屋の中、二人は真冬の格好で抱きあっていた。
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