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(その5)1月、温泉旅行にて(1)
「先生、ただいま帰りました!」
雪の中、図書館に行っていた巽のご帰還だ。フードをしっかりかぶり、前を閉めた黒いコートには雪がたくさんついている。首には白いマフラー、両手には夫の南條先生がくれた緋色の手袋を嵌めていた。防寒対策はばっちりだが、カイロなどは貼っていないため、震えている巽である。
「おかえり、巽くん」
リビングから南條が顔を出す。手に湯気の立った、朱塗りの器を持っていた。
「お汁粉、できてるぞ。食べないか?」
「食べるー! 手を洗ってきます」
わくわくうきうきしつつ、巽は洗面所へ。先生が作ってくれるお汁粉はとても美味しい。
でも、今回の「わくわくうきうき」は、それだけではないのだ。
部屋着に着替えて、もこもこのフリースでさらに寒気を跳ね飛ばす。部屋は暖房で暖かく、床に敷いたラグの下にも電気カーペットが敷かれている。とはいえ、電気料金高騰の現在、よぶんな電気は使えない。二人はくっつきあい、膝の上にはぶ厚い毛布を掛けて、寒さに備えるのである。
お汁粉を前に両手を合わせ、巽は「はふはふ」とお餅を頬張った。お汁粉の上品で甘い液体を纏ったお餅は、びっくりするほど美味しい。体があたたまり、生き返った心地になる。お腹が空いて体温が下がっていたので、芯から充たされた。
「美味しいです、先生」
にこにこと笑ったら、先生もにこっと笑い返してくれる。
「そうか、よかった。お代わりのお餅もあるからな」
「はぁい」
お餅を食みながら、巽はここで言うことにする。今夜の「お楽しみ」を。いったん食べるのをやめて器をローテーブルに置くと、巽はスウェットパンツのポケットから二つの小袋を取り出した。
「じゃーん! お土産です」
「お土産?」
先生の大きな手に二つの袋を渡し、にまにまする巽。
「雑貨屋さんで見つけて、買ったの。湯の花の入浴剤です! それ、今夜どっちか入れて温泉ごっこしましょう!」
「素晴らしい思いつきだ」
南條の目もきらきら輝く。夫婦そろって、こういうイベントは大好きなのだ。二つの袋を見比べた。
「別府と奥飛騨か」
「別府はお肌がツルツルになったり、硫黄の香りがするんだって。おれ、温泉って行ったことがないから、楽しみ!」
「君と本物の温泉も行かなきゃな。君といると、いろんなことに新たな気持ちで向き合えるよ」
「へへ。先生、今度本物の温泉、連れて行ってね。今日はどっちに入る?」
「じゃあ、おすすめの別府にしようか」
「やったー! 別府! 楽しみです!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる巽に、南條も笑う。かくして「お家で温泉旅行」が決行された。
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