(その8)2月、クレーンゲームを(2)

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(その8)2月、クレーンゲームを(2)

 そこで、二人はゲームセンターの奥へ歩を進め、Tシャツが取れるクレーンゲームを発見。スタンリー・キューブリック特集をしており(最近、近くの名画座で映画がリバイバル上映されたためだろう)、南條の大好きな映画『二〇〇一年宇宙の旅』のTシャツがあったので、先生は「絶対これだ!」と熱くなっている。  ちなみにTシャツのサイズはユニセックスのM。南條はとうてい着られないが、「巽くん、着てくれるか?」なんて言ってもらったので、巽は二つ返事で着ると答えた。  南條も巽と同様、クレーンゲームはこの日が初めて。だが、このへんまでは二人とも取れる気しかしていなかった。  しかし、取れない。千円でむり、二千円でもむりだった。南條は二千百円目を投入しながら、 「Tシャツで二千円は安いから……」  とぶつぶつ言っている。しかし、顔は暗い。巽はお菓子を抱えたまま、心配そうな表情だ。  そして、ついに三千円台に突入。次が三千百円目になったところで、南條は硬貨の投入口に百円玉を宛がった指を震わせながら、 「だめだ……これ以上課金したらドツボにはまる……! こらえるんだ、おれ……!」  そう言って、なんとか三千円でゲームを終えた。  見守っていた巽は、気づかないうちに緊張で息を止めていた。それで、慌ててはあっと息を吐いて、 「む、難しいんだね、やっぱり……」 「……おれには才能がなかったんだ」  がっくり肩を落とす先生に、巽はよしよしとその落ちた肩を撫でる。 「おれだって初心者向けのゲーム機だったし、きっとビギナーズラックだよ。先生も、今度は取れるかも。元気出して!」 「あ、ああ……。ありがとう」  弱々しく笑う先生は、普段の颯爽とした凛々しい姿とは違い、まるで手負いの獣のようだった。そんな姿に、巽はきゅんとくる。こそっと囁いた。 「ねえ先生、またゲーセン、来ようね。次はリベンジしましょう!」 「そうだな。次は必ず獲(と)る」  拳を握りしめる南條。狩りに臨む狼の顔である。やっぱりかっこいいなあと、惚れ直す巽だった。
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