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(その8)2月、クレーンゲームを(3)
そして巽が後々聞いた話によると、南條は大学の教え子たちに安いゲームセンターの安いクレーンゲームを教えてもらい、仕事帰りや授業が午後からのときに、練習にいそしんでいるという。
巽も知っている。夫が最近、スーパーでは見かけない特大お菓子や、有名企業のイラストが入ったタオルや、お皿とカトラリーのセットなどを持って帰ってくることに。そこにぬいぐるみが入っていないのは、きっとハム太くんへの配慮だろう。
「先生、すごいね! 今日もこれ、取れたの?」
定時制高校から帰ってきた巽は、夫に今日の戦利品を見せてもらった。イチゴ柄の、可愛いエコバッグだ。だが、南條の顔は暗い。
「それで二千五百円」
「え……」
「いかんなー……。ふだんはお金を使わないからと思ってつぎ込んでしまう。成功率も十回に一回くらいの割合だし……。やっぱり、才能はないな。おれは、もうクレーンゲームはやめるよ」
ため息をつく夫が、巽はむらむらと可愛く見えて、
「先生……慰めてあげるね」
そっと夫の体をソファの上に押し倒した。
「た、巽くん……!? む、むーっ!」
唇を塞いで、巽はにこりと微笑む。
「今度、おれとゲーセンデートしようね、先生。おれが手取り足取り教えてあげる。えっちは先生が教えてくれたけど、クレーンゲームは……おれのほうが上手いから」
ふっくらした唇をぺろりと舐め、頬をピンクに染めて妖艶に微笑む巽。南條の喉がごくりと鳴る。二人の影が重なり、巽が電気を消した。
そして、日曜日。南條夫妻は再び三宮のゲームセンターへ。繋いだ手をさらにきゅっと繋ぎ、
「行こう、巽くん」
「はい、先生」
二人は西部劇のガンマンとヒロインが荒野の酒場へ入って行くように、ゲームセンターの中へと足を踏み入れるのだった。
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