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(その9)3月、先生のいない夜に(1)
ときどき、巽は思い出すのだ。
彼はオメガ差別を恐れた祖父母の手で、生まれたときから自宅に軟禁されていた。友達はぬいぐるみしかおらず、当然恋人もいない。広い邸と庭が、巽の人生のすべてだった。
十八回目の誕生日で南條先生に出会って、それから、巽は初めてある感情を知る。「憧れ」、そして「恋」だ。
先生が好きで好きでたまらなくなり、でも、それを口に出すことはできなかった。祖父母は巽と南條が結婚することを望んでいたけれど、巽にとっては夢のまた夢だ。
そして絶望がやってくる。
「先生が、おれを好きなはずがない。おれは、ずっと一人ぼっちなんだ。一人ぼっちで死んでいくんだ」
そう思って涙をこぼした夜。初めて孤独を知った夜更け。
そう。巽は南條と出会うことで、初めて自分が孤独であることに気づいたのだ。
そんなときは親友のハム太くんを抱きしめて、「ハム太くんがいるから、おれは大丈夫」と自分に言い聞かせる。
そのときのことを巽は今でも思い出して、胸が苦しく、切ない気持ちになる。
無事に南條と恋人同士になり、夫婦になった今でも。
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