(その10)3月、二人は病院で(1)

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(その10)3月、二人は病院で(1)

 先ほど、診察室で聞いた話のショックが後を引いている。  巽と夫である南條は、病院のエントランスで会計に呼ばれるのを待ちながら、黙って寄り添っていた。 「巽さんは、お子さんができにくい体質のようですね」  <オメガ性男性妊娠専門外来>の診察室で、医師に告げられた言葉。巽の頭の中は真っ白になった。固まって、隣に座る夫に助けを求めることもできない。  ようやくしゃべれるようになったときには、時間が何時間も経っているように感じた。 「……確か、なんでしょうか。赤ちゃん、できないんでしょうか?」  震える声で口を開く。ようやく夫を頼れて、その大きな手をぎゅっと握った。握り返した南條も、強張った顔で医師の顔を見ている。南條の手のひらは、冷たく汗をかいていた。  丸顔で、眼鏡の奥の瞳が優しい常盤(ときわ)医師は、慎重に言葉を選んでいるようだった。 「必ずしもできないわけではありません。ただ、授かりにくい、ということです。それから、つらいお話をしてしまいますが……授かっても、流産してしまう可能性が大きいです。まれにある、オメガ男性特有の生殖における機能異常だと思われます」  巽はうつむいて、それからぺこりと頭を下げた。 「わかりました。ありがとうございました、常盤先生」  それからもう少しだけ詳しい説明を常盤医師から受け、巽と南條は診察室を後にした。  巽と南條が訪れた病院は三宮にある大病院で、エントランスは広々としている。広い壁に会計の呼び出しを告げる電光掲示板が設置されており、巽はソファに座って、見るともなくそこを見ていた。  病院に行きたいと言ったのは、巽だった。軽い気持ちからだった。妊娠を希望していて、南條と家族計画も立てた。二人でよく相談して、夫もついに子どもが欲しいと言ってくれたので、病院受診でいろいろ相談に乗ってもらうつもりだったのだ。  オメガ性は珍しいし、男性で妊娠するには、女性が妊娠するのとはまた違う苦労がある。そのことを南條と巽は知っていた。南條も、「妊活すると決めたら、まずは病院で診てもらおう」と勧めた。  しかし、診察を受けて、常盤医師に言われた。赤ちゃんができにくい体質である、と。  巽はぼんやりと電光掲示板を見ている。肩に、夫の手が触れた。 「巽くん。……つらいな」  巽は黙ってうなずく。人工授精についても訊いてみたが、巽の体質ではそもそもそれも難しいだろうとのこと。  絶望した。  南條は肩を抱いて、こう言ってくれる。
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