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(その1)12月、二人は結婚式を挙げる(3)
そんな二人は一か月前の十一月七日に入籍したばかり。十一月七日は巽の誕生日であり、同居(同棲)をはじめた記念日でもある。そして今日は待ちに待った結婚式だ。
先生と、ブライダル会社の人と入念に重ねたプランニング。大丈夫、きっと絶対成功するよ! と自らに言い聞かせつつも、巽は朝食のトーストを前にもうすでに緊張している。食卓テーブルの隅に座らせた親友のぬいぐるみ、ゴールデンハムスターの「ハム太くん」と目を合わせて、(大丈夫だよ、巽!)と励ましてもらった。巽もうなずく。
ハム太くんは巽が五歳のときに、誕生日プレゼントとして巽の元にやってきた。以来、十五年のつきあいである。ずっと軟禁されていた巽にとっては初めてできた友達で、親友だ。ハム太くんの言うことに間違いはない。
しかしそれでも、巽は不安や心配でいっぱいのままだった。胸がつかえてなかなか食が進まない。オレンジジュースでトーストを飲み下していたら、ふいに、背後から夫の声が聞こえた。
「巽くん、さっきおれのスマホに電話があったんだけど、披露宴の食事、列席してくれる人の数より少なく見積もられてたんだって」
「え、えー!?」
大ピンチだ。青くなって固まる巽に、南條は安心させるようにうなずいて、大丈夫だよと請け負った。
「『メニューは少し変わってしまいますが、披露宴開始までには問題なくすべてのお客様にお食事をご用意できると思います。申し訳ございませんでした』って。仕方ないよな」
巽の体からたちまち力が抜ける。テーブルにうつ伏せ、
「し、仕方ないよね……」とつぶやいた。
完璧なお式にはならないが、とはいえ、そこは元々完璧主義では「ない」巽のこと。メニューが違っても、間に合うならまぁいいかぁ、と思うことにした。
「後になってみると、それもいい思い出になるかもしれないしね、先生」
自分を鼓舞してそう言ってみた巽に、南條は和やかに微笑む。
「巽くんのそういう柔軟で前向きなところ、おれは大好きだぞ」
「え、えー? 照れる!」
「はは、いっぱい照れてくれよ。照れてる君は食べたくなるくらい可愛い」
「も、もうっ! 先生のタラシ!」
「タラシか? 正直な感想を言ったまでだ」
「そういうとこがタラシなのー!」
朝からいちゃいちゃしてしまうのである。疲れるなんてことはなく、巽にとっては滋養強壮の儀式だ。南條も楽しそうにしている。だがここで、その顔つきが急に鋭くなった。
「あんまりゆっくりしてる時間はないかもしれないな。おれも早く食べて、洗濯機回して、シャワーして髭を剃って……二次会で使うスーツの確認とか、しないと」
「おれも! パックもお肌のお手入れもけっこう時間かかっちゃうんだもん」
急ごう! と、バタバタと食事を再開する。その振動で、まるっこいボディのハム太くんはころんと転がってしまった。つぶらなくりくりおめめで、南條夫妻が大忙しで準備する様子を見守っている。
結婚式の一日は、長いようで短い。
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