(その12)5月、秘密のクリームソーダで(1)

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(その12)5月、秘密のクリームソーダで(1)

「奥さん、南セン……い、いや、南條先生って、おうちではどんな感じなんっスかぁ?」  「南セン」、もとい「南條先生」の妻、巽を前にそんなことをチャラい口調で尋ねたのは、大学で南條の授業を取っている学生、神崎(かんざき)である。 「南條先生って、家でもあんなにお堅いんですか?」  こう尋ねたのはもう一人の学生、石橋(いしばし)。二人は高校時代からの友人同士だ。彼らは「南セン」の授業が他の先生たちの授業に比べ、群を抜いて厳しい……と知らずに授業を取ってしまった、おサボりしたい軽薄な学生の代表のような青年たちだった。  新学期がはじまり、授業がはじまって、一か月。神崎と石橋の二人は事実に気がつくと、早速作戦会議を開き、ある作戦を決行した。「南センの奥さん取り込み作戦」である。  南條の妻、巽が週一で大学の学食にオムライスを食べに来ることを突き止め、「南セン攻略法」を尋ねることにしたのだ。  巽は突然「南條先生の教え子です」と名乗りを挙げた二人の学生相手に、おっとりと笑顔を向けた。オムライスを食べ終わり、神崎と石橋の割り勘でクリームソーダをご馳走してもらう。巽は喜んで、「先生のことならなんでも訊いてください」と言った。  そこで、二人が最前の質問をした、というわけだ。巽はソーダを一口飲んで、 「んっと……。先生は、家では、とっても優しいです。学校でもそうだと思いますが」 「まぁ、優しいっちゃ優しいんですが……。厳しいよなぁ?」  石橋が神崎を見ると、彼もうんうんとうなずいている。二人はそこがご不満なのだ。巽は不思議そうに首を傾げる。 「厳しい? どこらへんが、ですか?」 「おうちでは厳しくないんですか?」 「はい。全然」 「やっぱ奥さんには甘いかぁ~! それはそうだよな、想像はできないけど」  くぅうー! という感じで悔しがる(?)学生二人に、巽はきょとんとしている。神崎が姿勢を正して尋ねた。 「先生は奥さん相手に、どんな話をするんですか? やっぱり学問の話ですか? あ、テストで出そうなとこは……?」 「先生は本の話とか、映画の話とか、お料理の話とか、筋トレの話とか、いろいろ話してくれます。テストで出そうなところはわかりません。研究している分野の話もしてくれるけど、おれがついていけないから、ほとんど話さないです」 「安心してください奥さん、おれたちもついていけてないっスわ」  神崎が自販機で買ったコーラをぐびりと煽る。石橋はまだ希望を捨てていなかった。
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