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(その13)5月、体重計に乗った夜に(1)
「先生! どうしよう……おれ、太っちゃった!」
浴室から走ってリビングに入ってきた巽は、大変ショックである、という顔をしている。ハムスターを思わせるくりくりおめめに元気がない。
夫の南條は目を瞬いて、黒いカットソーに水色のパーカー、ハーフパンツ姿の巽を見下ろした。
「太った? 全然太ってないぞ」
笑って南條がそう言うも、巽は首をぶんぶんと横に振る。
「太ってた! 四キロも!」
「え、四キロ?」
南條が目を丸くすると、巽はうなずいてカットソーをめくった。白いお腹が出てくる。薄べったいお腹だが、たしかにお肉がつきはじめている。南條はまた目を瞬いた。
「……確かに、ちょっと太ったかな? 前より肉はついてる……ような」
そういえばえっちのとき、ちょっとお腹がぷよぷよしてたかな、という南條のつぶやきに、巽は悲しげにうなずいた。手は裾をつかんだままで、お腹が剥き出しだ。
「さっき体重計に乗ってわかったんです。そういえば、パンツがきついなって思ってた。なんでかなあって。太ったってことだったんだ……」
しょんぼりする巽に、南條はそっと彼の前髪を掻き上げる。ドライヤーもせずに走ってきたので、黒髪はしっとりと濡れていた。
「健康を害するほど肥満するのでなければ、太ったっていいんだぞ。巽くんは元が痩せすぎだったし、落ち込むことはないよ」
しかし、巽はふるふると首を横に振る。お腹のお肉をつまみ、上下に揺すってみせた。
「おれ、すっきりしたお腹がいい! アニメもゲームもテレビの人も、みんなお腹がすっきりしてるもん。ぷにぷになんて、恥ずかしい」
思い詰めた顔の巽に、南條は「そうか」とつぶやいた。
「……おれは、巽くんのぷにぷにお腹も好きだけどな」
巽は顔を上げ、先生の目を見つめた。ほんとにほんと? という顔で、おずおずとTシャツに包まれた南條のお腹に触れる。
「そう? 先生は、お腹がバキバキでしょ? 先生の隣に並ぶのに、ぷにぷにお腹のおれはふさわしくないんじゃない?」
しょぼん、とうなだれる巽に、南條は思いきり彼を抱きしめた。巽は逞しい腕に包まれ、目にじわっと涙が浮かんできた。先生は抱きしめたまま、優しくこう言ってくれる。
「おれはぷにぷにお腹も好きだよ。可愛いよ」
そう言って、下から巽のお腹に触れた。ぷにぷに、とお腹を触られ、巽は真っ赤になる。腕の中で身をよじった。先生のあったかい腕に包まれて、フェロモンの蜂蜜の香りが漂って、優しくぷにぷにされて、ちょっとだけ安心する。こんなお腹のおれでもいいのかなあ、と。
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