(番外編)サイン会で(4)

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(番外編)サイン会で(4)

 一番星が出ている。  並んで家路につきながら、巽は夫を見上げて言った。 「『せいちゃん』って人、坂木先生が好きなんだね」 「そうだな」 「坂木先生も、せいちゃんが好きなんだね」 「そうみたいだ」 「よかった。せいちゃん、一人ぼっちじゃなくて」  南條はうなずく。妻の白くて小さな手を取った。 「でも、人は誰でも独りだ。独りで旅をしているんだ」 「おれも、先生も?」 「そうだよ。おれも巽くんも、本当は独りなんだよ」 「そうなんだ……」  巽は地面を見て、少し考え込む。南條先生の言うことを理解するには、まだまだ時間が掛かりそうな気がした。しばらく考えた後、話を変えてみる。 「せいちゃんは、ヤクザさんなのかなあ?」 「……いや。彼はおそらく、元刑事だ。お父さんが罪を犯して、『せいちゃん』という人は警察を辞めたんだよ」 「え、そうなの?」  目を丸くする巽。ああ、と南條がうなずく。週刊誌の記事で見た、と。そのまま二人は黙っている。  暮れなずむ空が紫に変わって、星がさらに瞬きはじめた。きれいだね、と巽が言ったら、そうだな、と先生も返した。  同じ歩調で歩きながら、巽は考える。――坂木先生とせいちゃん。恋人同士だなんて、気づく人はいないだろうな。だって坂木先生はほわほわしてお布団みたいな人だし、せいちゃんは――。  巽はぴったりなイメージを思い出した。子どものころ、祖父にもらった海外の絵本。繊細で緻密な筆致で描かれた絵の中で、一際印象的だったものがある。大天使、ミカエルが崖の上に立ち、風を受けながら剣を手に、巨大な翼を広げている絵。  そのミカエルが、せいちゃんにそっくりなのだ。黒い短髪に、銀色のぴかぴか光る鎧を身に着け、白い翼を広げたミカエルは神々しくて、美しかった。やっぱり干したてのお布団と大天使では、まさか恋人同士だとは思われないだろう。  そこで気がつく。  ――でも、おれと南條先生もいっしょかぁ。先生はガッチリしてて背が高くてかっこいいし、おれはちっちゃくて頼りない。いっしょだ。  ふふっと笑う。つられた南條も笑っている。 「どうしたんだ?」 「なんでもないよ、先生。あのね、また坂木先生とせいちゃんに会いたいな」  巽は坂木先生の優しい笑顔と、せいちゃんの凛々しい佇まいを思い返す。次のサイン会も、絶対行こうと思う。 「せいちゃん、神様を護って闘う天使みたいにかっこいい人だったね」  そうだな、かっこいい人だったなと、南條も微笑んだ。
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