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(その14)6月、ヒーロー登場
※こちらはTwitterのフォロワーさんにリプをいただいた、「俺には分からないけど」というセリフを使って書かせていただいた掌編です。
(「俺」は許可をいただき、「おれ」に表記変更いたしました)
フォロワーさん、素敵なセリフをありがとうございました!
☆「君を愛す―今日も明日も三人で―」シリーズをお読み下さっている方で、「このセリフでss書いてみて♪」というリクエストがもしありましたら、お気軽にコメントでお知らせください。
ウキウキで書かせていただきます!
◯ ◯ ◯
「わ、わ、そ、それどうしちゃったのハム太くん!」
土曜日の昼下がり。巽が親友のぬいぐるみ、ハム太くんをつかんで揺さぶった。ハム太くんの顔には影ができ、深い憂いに沈んでいるようだ。
(うん……ちょっとね)
「い、痛くないの!? 大丈夫!?」
パニックを起こす巽。それもそのはず、ハム太くんの脇腹の縫い目が少しほどけており、そこから白い綿がはみ出ていたのだ。ハム太くんは巽に抱えられたまま、ふぅ……とため息をこぼすと、
(痛くはないよ。でも、ちょっと嫌)
「ちょっとどころじゃないよ! な、なんとかしないと……! そ、そうだ、ボンドとか?」
巽が立ち上がると、ハム太くんは顔を歪めたように見えた。
(ボンドは嫌だなあ。ゴワゴワしそう)
「じゃあ、縫う? おれ、お裁縫したことない……」
目の前が真っ暗になり、しゃがみこむ巽。なにせ、裁縫セットがこの家のどこにあるかすら知らないのだ。
――ハム太くんがピンチなのに助けられないなんて、おれ、不甲斐ない!
悲しくなって、ギュッとハム太くんを抱きしめる。モチモチ、ふかふかボディの弾力で巽の体を押し返してくるハム太くんだが、その声には覇気がない。
(ぼくも生まれて十五年だし……寿命、なのかも)
「そんな……! もっと長生きしてるぬいぐるみさん、いっぱいいるよ! 諦めないで、ハム太くん!」
巽の目に涙が浮かんで、こぼれた。しずくはハム太くんのまるっこい頭に落ち、染み込んでいく。
そのとき、パニックと悲しみに落ち込んだ巽の脳裏に、ある名案が閃いた。ハム太くんを抱きしめて叫ぶ。
「ハム太くん、ホッチキスで留めるのは!?」
(こ、怖いよ巽……。発想が怖い)
「そうかなぁ? あ、でも、いいこと思いついたよ! 先生は?」
(先生?)
うん、と巽は元気いっぱいうなずいた。――そう、先生のこと、どうして忘れていたんだろう?
ハム太くんの両手をつかんで上下に振りながら、巽は目を輝かせる。
「どうしたらいいのか、おれには分からないけど……先生ならきっとなんとかしてくれるよ! 夕方には大学から帰るって言ってたから、それまでの我慢だハム太くん!」
(おうっ!)
ひしっと抱きあって、先生の帰りを待つ巽とハム太くんだった。
そして、帰宅した南條先生はひとしきり驚いたり、「痛そうだな」とつらそうな顔をした後、大きな手で針を持った。少々ぎこちない手つきではあったが、ハム太くんの綿を中にしまってくれ、ほつれた縫い目を縫い合わせてくれる。
巽の目が、きらきらと輝く。
「すごい、先生! 魔法みたい!」
南條は針を持ったまま、困った顔で笑った。
「はは、これが魔法なら、荒々しい魔法だ。ごめんな。縫い目、ガタガタで」
「そんなことない! すごくきれいだし、おれならこんなに上手くは『手術』できないよ。先生はおれとハム太くんのヒーローだ!」
(です。ありがとう先生)
二人にうるうる、きらきらのおめめで見つめられた先生は、照れくさそうに笑った。
その夜。南條と巽、そしてハム太くんは、川の字でベッドに横になっていた。巽が満足げな顔で、ハム太くんの「new縫い目」をつつく。一日の終わりに見ても、それはいい縫い目なのだ。
「ふふ、素敵な縫い目だね、ハム太くん! ガッチリ縫ってくれてて、先生の縫い目ってかんじ」
(先生の愛を感じます)
褒められて、南條は照れ笑いで謙遜する。二人の体にそっとタオルケットを掛けながら、
「いやいや、そんなにいい縫い目じゃないぞ? でも、ありがとう。元気で長生きしてな、ハム太くん」
(はい、先生)
「はい、先生」
ハム太くんをサンドイッチしつつ先生に抱きついて、巽は相棒の言葉を代弁する。
そしていっそうハム太くんが愛しくなった、そんな巽だった。
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