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(その20)9月、星の日
(……ふわぁ。よく寝た)
ゴールデンハムスターのぬいぐるみ、ハム太くんは心の中で伸びをした。降りたブラインドの向こうに、陽射しがぎらぎらと降り注ぐ昼下がり。リビングにはほどよく冷房が入っていて、厳しい残暑などどこ吹く風だ。
視線を下に向けると、ハム太くんの大親友である巽が、ソファですやすやと気持ちよさそうに眠っている。そう。日曜日の午後、お昼寝の時間だったのだ。
ハム太くんがさらに視線を正面に向けると、巽の夫である南條先生がスマートフォンを覗きこんで、なにかをしていた。眉間に皺を寄せて真剣な先生は、ふと顔を上げてハム太くんを見た。その強面が破顔一笑する。
「おはよう、ハム太くん」
(おはようございます、先生)
もちろん、南條にハム太くんの声は聞こえない。だが、先生はうんうんとうなずいて、
「今日はお昼寝日和だな。巽くんが起きたらいっしょにイチジクのタルトを食べようと思ってるんだが、なかなか起きないなぁ」
そう言いながら困っている様子は微塵も無く、先生は「もっと巽くんの寝顔を眺めていたい」とでも言うように、幸せそうな笑顔を浮かべている。そのことにハム太くんはほっとして、
(巽が、いつもお世話になっています)
親友として、妙に畏まるのだった。
南條は腰を上げるとハム太くんを抱え上げて、自分の膝に座らせた。いじっていたスマートフォンの画面を見せる。
そこには、なにやらヒマワリの種をがっつくジャンガリアンハムスターのアニメが映し出されていた。
「巽くんに勧めてもらって、プレイしてるんだ。ハムスターの育成ゲーム。やっとレベル八になった」
(先生と巽ったら……ぼくというものがありながら)
なんて思いながら、同じハムスター族として、仲間が愛されているのはうれしいものだ。ハム太くんは先生の大きな手の中に、まるまるもっちりとした背中を押しつけた。
「はは、ハム太くんはモチモチのお肌をしてるなぁ」
南條が楽しそうに笑う。厳つい強面で、初対面の人間には若頭や傭兵だと恐怖される南條。だが、それは誤解で、そんな南條先生が本当はとても優しくてあったかくてお茶目な人だということを、ハム太くんはよく知っているのだ。
そんなふうに二人でまったりしていたら、ソファからため息が聞こえてきた。
「……ふわぁ。よく寝た」
目をごしごしと擦り、巽が起きだしてくる。ふだんから夢見がちな大きな目が、今はさらにとろんとしていた。大好きな夫とハム太くんの姿を見て、ふんわりと笑う。
「おはよ、先生、ハム太くん。二人でなんの話してたの?」
「ハム太くんのモチモチお肌の話だよ。なぁ、ハム太くん」
先生の膝の上で、ハム太くんは真正面を見つめたまま、
(うん)
と照れ臭そうに心の中でうなずいた。
「いいなぁ、二人は仲良しで」
ほのぼのと笑う巽。ソファから降りて、夫の隣にぴたっと寄り添った。
「おれも混ぜて!」
「もちろんだ。ハム太くんは、ここに座って」
ぴったりとくっついた南條と巽の太腿の上に、ハム太くんはコロコロと転がりながら腰を下ろす。
(二人の居場所がぼくの居場所、ってことだね)
ちょっといいこと言った、とドヤ顔をするハム太くんだが、親友とその旦那さんは顔を見合わせて、ただにこにこしているばかりだ。
巽が尋ねる。
「これからなにする? 先生」
「昨日買ったイチジクのタルトを食べてもいいかと思ったんだが。あと、夜になって暑さが引いたら、散歩はどうだ? 三人で」
夜のお散歩、素敵だね、とにっこりする巽。(ぼくもいっしょに行っていいの?)とうきうきのハム太くん。
先生は穏やかに微笑んで、
「天気予報で言ってた。今日は、星がきれいらしいぞ」
巽とハム太くんを、逞しい腕で抱き寄せた。
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