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坂木はしゅんとしている。村瀬が和やかに笑い、明るく言った。
「おれは大丈夫ですよ、巽さん。……神戸駅のカフェで、おれが『せいちゃん』と呼ばれているのを聞いたんですよね。だったら、おれと坂木先生が付き合ってることも知ってますよね?」
南條も巽も予期していなかった、突然の告白だ。南條夫妻は慌てて、しどろもどろになった。二人はばつが悪そうに頭を下げ、南條が謝る。
「……すみません、聞いてしまいました。でも、誰にも話していません」
村瀬が頭を上げるよう、南條夫妻に言った。南條と巽はおずおずと頭を上げる。村瀬は穏やかな面持ちだ。
「いいんです。お気遣い、ありがとうございます。聞かれたのが、あなたたちでよかったと思う。……倫太郎さん、どうせ、お二人が感づいていらっしゃると気づいていたんでしょう?」
今度、ばつが悪い顔になったのは坂木だ。相変わらずしゅんとしたまま、「うん」と神妙にうなずいた。
「巽さんが『せいちゃん』って呼んでたから、もしかしてって。実はあの日、お二人が隣にいらっしゃったことに、帰るとき気がついたんだ。おれたちのほうが先に出ただろ? だから。……せいちゃんが可愛くて、ついついお二人の前で惚気てしまった。ごめんな」
「あなたは本当に困った人だ。呑気で、お人好しで、開けっぴろげなんだから」
「うう……確かに、おれが考えなしでガサツだった。ごめん」
「そこまでは責めてません。でも、気をつけてくださいよ。おれたちは秘密の恋人同士なんですから」
悪戯っぽく言ってから、村瀬は巽の目を見てにこっと笑った。その笑顔に、巽はまたまたきゅんとする。可愛い人だなぁ、と思った。
そして、さらに思った。こんなに可愛いせいちゃんのこと、好きにならないなんてむりだなぁ、と。
巽は突然立ち上がり、坂木の両手を握った。坂木も、村瀬も、南條も驚いた顔をしている。南條などはコーヒーを噴き出しそうになっていた。
巽は坂木の両手を握ったままぶんぶんと上下に振ると、
「せいちゃん、本当に可愛い方ですね! 坂木先生のお気持ち、おれもよくわかります!」
「あ……ありがとう、ございます……?」
ぽかんとして、しかし礼を言う坂木。巽は春風のようにふんわりと笑う。またソファに腰を下ろし、真面目な顔で坂木を見つめた。
「せいちゃんと坂木先生、とってもお似合いです。せいちゃんの可愛くてクールなところと、坂木先生の干したてのお布団みたいにあったかいところ、おれ、見てると心がぽかぽかします」
「そ、それはどうも。確かにせいちゃんはとんでもなく可愛くて、クールでかっこいいです。お布団のおれが包みこんであげたいです」
「素敵……!」
きゃあきゃあと歓声をあげる巽に、照れる坂木。村瀬と南條は顔を見合わせ、どちらともなく笑った。
村瀬がコーヒーを飲みながら言った。
「おれも、巽さんの可愛らしくてまっすぐなところと、南條先生の落ち着いていて優しいところ、とてもお似合いだと思いますよ。新婚旅行、楽しんできてください」
あ――! と、巽は目をまんまるに見開く。勢いこんで言った。
「せいちゃんと坂木先生も、取材旅行、楽しんできてください! 本の完成に向けて、いっしょに同じ方向を見てがんばれるところ、とっても素敵なことだなって思います!」
坂木と村瀬は顔を見合わせた。そして、お互い微笑んだ。
「ありがとう、巽さん」
坂木が礼を言えば、
「先生と、誰も読んだことのない本を作ります」
村瀬も微笑んだ。
○
お茶の後。坂木・村瀬コンビと別れて街をぶらぶらして、外食も済ませてから、南條と巽はマンションの部屋に帰ってきた。
「坂木先生とせいちゃん、本当にお似合いだな」
南條が長野のガイドブックを捲りながら笑えば、隣でページを覗きこんでいた巽も顔を上げ、大きくうなずく。
「うん! さりげないけど、ラブラブだったね」
「おれたちも負けずにラブラブしよう」
「はーい! それにしても、せいちゃん、ずっとクールだったなぁ。そんなところもキュートで、おれ、せいちゃん大好き!」
実はあの後、二人と連絡先を交換した巽は、スマートフォンを手ににまにましていた。
「『今日はありがとうございました、楽しかったです』ってせいちゃんにLINEを送ったら、迷惑かなぁ?」
「いいんじゃないか。おれは、さっき坂木先生からLINEが来たよ。『今度、ダブルデートしましょう』って」
「えー!? しよう、しよう! 長野のお土産、お二人の分も買ってこなくちゃ!」
「はは、そうしよう」
抱きあってはしゃぐ南條夫妻。お互いの体温であたたかく、心もぽかぽかだ。
そして、「坂木先生とせいちゃんも今ごろ、こんなふうに抱きあってるかな?」
そう思うと、巽の心はまたまたぽかぽかしてくるのだ。
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