120人が本棚に入れています
本棚に追加
(その3)12月、なにもない朝に(1)
結婚したっていっても、生活はあんまり変わらないなあ、と十二月半ばの朝、巽はぬくぬくのベッドの中で考えていた。
外は曇りで、今にも雨が降り出しそうだ。雲が塞いだ重い灰色の空を眺めながら、巽は寝返りを打った。
――先生と結婚して半月が経つけど、あんまり変わらない。ううん。入籍したのだって一か月以上前だし、そう考えればほんとに変わらないなあ。それに、おれたちは結婚前から、一年以上同居してたし。
南條先生を慕い、いっしょに暮らす許可を祖父母にもらって、家を出た十九歳の誕生日。その日から考えて、変わったことはなにもないのだ。
寝室の扉に、ノックの音がした。夫である先生の声が低く聞こえてくる。
「巽くん、起きたか? ごはんの用意、できたぞ」
巽は飛び起きて、その途端めまいを覚えてよろけた。ベッドに四つん這いになりながら、
「起きました」と答える。
「先生、ごめんね。ごはんの用意してもらって。今朝は寒くて、お布団から出られなくて。明日は、おれがごはんの準備するね」
先生は寝室に入ってくると、巨体をかがめて巽の頬にそっとキスを落とした。
「いいんだ、ごはんを作るのは楽しいから。今日は日曜日で君のバイトも学校も休みだし。朝はゆっくりしてたらいいよ」
大丈夫だからな、と笑う南條に甘えたくなる巽である。しかし、だめだめと気合を入れ直した。ベッドの上に起き直り、ペンギンのスリッパに爪先を入れる。
「おれ、夜型の生活、治そうと思ってて。先生とすれ違いになっちゃったら寂しいもん」
「はは、可愛いことを言ってくれるな。じゃあ、夜更かししてのアプリゲームは控えて、朝はおれと起きて散歩でもするか?」
ここで、巽は言葉に詰まった。ちょっとハードルが高い、と思ったのである。南條はすぐに察して、
「むりをする必要はないぞ。まずは決まった時間に起きるところからはじめよう」
ハードルを下げてくれた。とはいえ、これでも巽はできるかどうか自信がない。南條先生は、七時前には起床しているのだ。
「し、七時半でもいい……?」
おずおずと先生に尋ねると、南條はにこっと笑ってうなずいた。
「ああ。もうちょっと遅くして、七時四十五分でも、八時でもいいんだぞ。むりのないところからな」
巽の顔がぱあっと明るくなる。大きくうなずいた。
「じゃあ、は、八時にします! 今は、何時?」
「九時二十分だ」
「じゃあおれ、八時でがんばる!」
そうか、すごいぞと微笑む南條。がぜん張り切る巽だった。
最初のコメントを投稿しよう!