(その3)12月、なにもない朝に(1)

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(その3)12月、なにもない朝に(1)

 結婚したっていっても、生活はあんまり変わらないなあ、と十二月半ばの朝、巽はぬくぬくのベッドの中で考えていた。  外は曇りで、今にも雨が降り出しそうだ。雲が塞いだ重い灰色の空を眺めながら、巽は寝返りを打った。  ――先生と結婚して半月が経つけど、あんまり変わらない。ううん。入籍したのだって一か月以上前だし、そう考えればほんとに変わらないなあ。それに、おれたちは結婚前から、一年以上同居してたし。  南條先生を慕い、いっしょに暮らす許可を祖父母にもらって、家を出た十九歳の誕生日。その日から考えて、変わったことはなにもないのだ。    寝室の扉に、ノックの音がした。夫である先生の声が低く聞こえてくる。 「巽くん、起きたか? ごはんの用意、できたぞ」  巽は飛び起きて、その途端めまいを覚えてよろけた。ベッドに四つん這いになりながら、 「起きました」と答える。 「先生、ごめんね。ごはんの用意してもらって。今朝は寒くて、お布団から出られなくて。明日は、おれがごはんの準備するね」  先生は寝室に入ってくると、巨体をかがめて巽の頬にそっとキスを落とした。 「いいんだ、ごはんを作るのは楽しいから。今日は日曜日で君のバイトも学校も休みだし。朝はゆっくりしてたらいいよ」  大丈夫だからな、と笑う南條に甘えたくなる巽である。しかし、だめだめと気合を入れ直した。ベッドの上に起き直り、ペンギンのスリッパに爪先を入れる。 「おれ、夜型の生活、治そうと思ってて。先生とすれ違いになっちゃったら寂しいもん」 「はは、可愛いことを言ってくれるな。じゃあ、夜更かししてのアプリゲームは控えて、朝はおれと起きて散歩でもするか?」  ここで、巽は言葉に詰まった。ちょっとハードルが高い、と思ったのである。南條はすぐに察して、 「むりをする必要はないぞ。まずは決まった時間に起きるところからはじめよう」  ハードルを下げてくれた。とはいえ、これでも巽はできるかどうか自信がない。南條先生は、七時前には起床しているのだ。 「し、七時半でもいい……?」  おずおずと先生に尋ねると、南條はにこっと笑ってうなずいた。 「ああ。もうちょっと遅くして、七時四十五分でも、八時でもいいんだぞ。むりのないところからな」  巽の顔がぱあっと明るくなる。大きくうなずいた。 「じゃあ、は、八時にします! 今は、何時?」 「九時二十分だ」 「じゃあおれ、八時でがんばる!」  そうか、すごいぞと微笑む南條。がぜん張り切る巽だった。
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