第四章 パレードの終着点

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 一体いくつの魂を導いただろうか。  また一体、竜が光になって少女の光に溶けていく。それを見届けて光を薄れさせていく中、ついにフェガリヤが咳をした。 「大丈夫か? ……歌わせすぎたな」 「いいえ、大丈夫です。それよりも兄様、傷だらけですね……すぐに癒します」  辺りは黒い血と、金属片、また飛び散った腐肉、転がる骨で混沌としていた。腐敗臭もひどく渦巻いている。その中で両膝をついていた銀の少女は、兄の姿に気付くや否や、息を整えて立ち上がる。  次々にやってくる竜と戦い続けていた兄は、いくつもの怪我を負っていた。どうやら、この工場ではあの刃の角を持った『戦竜機』を作っていたらしい。何体も襲いかかってきた。そのためメサニフティーヴはいくつもの切り傷を負い、また刺し傷も負っていた。それだけではなく『屍竜』も多く、死の力に鱗は割れ落ち、むき出しになった肉はただれていた。ひどい箇所では、ただれた上に『戦竜機』の刃によって深く傷つき、だらだらと血を流していた。 「軽い怪我だ、少し休めばいい」  後ろ足の片方を引きずりながら、メサニフティーヴは返す。するとフェガリヤも言い返そうとするが、咳が言葉を遮った。だから兄は、 「私よりも、まずはお前だ。お前には休息が必要だ……今のうちに、どこか安全な場所を見つけ、そこで一息つこう」  辺りはすっかり静かになっていた。騒ぎにより、近辺にいた竜全てが集まったのかもしれない。ひとまずは安全そうな部屋を探して、兄妹は進む。  迷路のような工場を、しばらく歩いて。 「――待て」  唐突にメサニフティーヴが小声で制止する。ぴたりと、フェガリヤは従う。  黒い竜が睨む先、闇が淀んでいた。目を凝らせば、奇妙なことに光が見えた――人間の灯りの色。  声が聞こえる。人間の声。静かに兄妹が闇の中を進めば、巨大な部屋が見えてきた。『戦竜機』を量産していた場所らしい。二人が出たのは、その二階部分――全体を見回せる、細い通路だった。  フェガリヤが屈んでそっと手すりの隙間から見下ろす。メサニフティーヴも首を伸ばす。 「だめだ! 槍をもう一本、固定してくれ!」  様々な器具が散らかる中、確かに人間数人がいた。網を掛け『竜血鉄(りゅうけつてつ)』の槍を数本突き刺した『屍竜』を囲んでいる。言葉の通り、一人が新しい槍を竜に突き刺す。身体を貫き、床に刺さるほどで、それまでもがいていた『屍竜』は悲鳴を上げて固定される。 「よし……さてと……」  いるのは男数人。竜を相手にするのに十分な装備をしている。手袋をつけた一人がナイフを片手に『屍竜』に近寄る。そして切り取ったのは、未だ身体にあった鱗一枚。腐った肉と血が糸を引いていたものの、ふるえば綺麗に落ちる。 「これはどうだろう?」 「……上物だ、使えるぞ」  鱗は艶を失い傷ついているものの、完全には劣化していなかった。差し出された男は満足そうに眺めて、小袋にしまった。鱗をはがした男は、続けて二枚目に着手する。 「なるほど、こんなところまで資材を探しに来ているのか。しかしなんて危ないことを……」  それを眺めて、メサニフティーヴは目を細める。  確かに工場は人間にとって宝庫かもしれなかった。奪えたのならば『戦竜機』の資材は優秀であるだろうし、工場には『戦竜機』にされる前の竜も、数多く捕まっていたはずだ。その竜は全て『屍竜』になったものの、『屍竜』からも、ああして使える資材を得られることがある。  もっとも、危険すぎる故に、やる人間はいないと思っていたが。  男達の傍らを見れば『戦竜機』から切り落としたのだろう、あの刃の角も転がっていた。彼らは怖いもの知らずらしい。  考えてみれば『戦竜機』はどんなに傷つけられても、どんなに失っても、時間が固定してあるかのように全てが戻る竜だ。慣れているのならば、無限に資材が取れる「畑」に見えるかもしれない。 「生きるのに必死なのはわかりますが、そこまでするなんて……もう竜を苦しませないでほしいのに。それに、兄様の言う通り、危険すぎますよ……」  二枚目の鱗をはがされ『屍竜』は悲鳴を上げる。フェガリヤは悲痛な顔でそれを耳にしていた。  ……一刻も早く、あの竜も救わなくてはいけない。だが。 「兄様、一度離れましょう。今の状態で挑むのは、厳しすぎます。人間達もいますし……」  あの人間達は、竜に挑むのに十分な道具を持っている。かつて里を守る戦士であった竜でも、傷を負っている状態で相手にするのは危ない。  兄妹は一旦背を向けた。  ――だが、メサニフティーヴの黒い尾が揺れてしまったのだ。 「――竜がいるぞ! 黒い竜だ!」  鋭い声が響いた。兄妹は一瞬凍りついたものの、走り出す。人間達は重そうな荷物、そして槍を背負っているにもかかわらず、素早く梯子を上ってきている。 「兄様! どうしましょう……!」  走りながらフェガリヤが尋ねるが、その次の瞬間咳き込み、また足をもつれさせて転んでしまった。  人間達の足音が、廊下に響いて近づいて来る。  くるりと黒い竜は振り返った。長い尾が素早くも優しく銀の少女を払い、扉の壊れた一室に押し込む。  宙を切り裂く音がした。槍の一本が投げられた。しかしメサニフティーヴは翼を広げれば風を生み、失速させる。槍は矢のように転がって、けれども人間達はメサニフティーヴへ向かって走ってくる。槍を突き出す。一本、二本。黒い竜が踊るかのように避ければ、これまでの戦いでの傷から血が滴った。それに伴う痛みに、動きが鈍り、繰り出された三本目の槍がついに身体に深く突き刺さる――そこは『屍竜』により鱗が溶かされ、守るものがない箇所だった。  一本刺さったところで、メサニフティーヴは悲鳴を上げなかったが、二本目を刺され耐えられず苦痛の悲鳴を上げた。『竜血鉄』の槍は竜に怪我を負わせるだけではなく、刺さり続けることで毒のように竜を蝕む。更に動きが鈍くなったところで、人間の一人が獲物に網をかける。  フェガリヤは、押し込まれた部屋から様子を覗き見て震えていた。  どうしたらいい。このままでは。 「……まさか、生きた竜か?」  人間の一人がようやく気付いて、メサニフティーヴから距離をとる。網をかけられた黒い竜は荒々しく息をしながらも動きを止めてしまっていた。 「全滅したんじゃなかったのか? 俺はじいちゃんに、月が赤くなったから、まともな竜はいなくなったってきいたけど……」 「――何でもいい。何でもいいさ! こいつは……すごい獲物だぞ!」  人間達は戸惑っていたものの、中には興奮している者もいる。その一人が、メサニフティーヴに近付き、鱗に手を伸ばしたが、 「全く……愚かな人間達だ――!」  跳ねるようにしてメサニフティーヴは暴れ出す。近くにいた人間は、勢いに弾き飛ばされる。そうでない者は槍を構えるものの、刺される前に黒い竜は宙で翻り、網を払い、逆に人間達にかけてやる。人間達が慌てれば、網はより絡まり、動きを制していく。 「兄様!」  フェガリヤが飛び出す。メサニフティーヴは身体に刺さっている槍の一本を、ぎこちない動きではあったものの口を使って抜いた。 「乗れ、フェガリヤ!」  言葉に従い妹は兄の背に乗った。それと同時に、黒い竜は走り出す。だが廊下は飛んで逃げるには狭く、また多くの怪我、出血が蝕んでいる。人間達の足音がすぐに追ってくる。 「兄様、どこかに隠れましょう……!」  逃げ切ることは難しい。フェガリヤが叫べば、メサニフティーヴは振り返り、天井に向かって息吹を吐き出した。それは普段の炎のようなものではなく、球体状に丸めたもの。当たれば大きく弾け、天井を崩す。その瓦礫が、廊下を塞ぐ。  瓦礫でできた壁の向こうで、人間達が喚いていた。兄妹は更に先へと逃げる。ひとまずは隠れられる場所を目指す。
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