第一章 竜と少女と子守唄

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 * * *  洞窟に差し込む赤い光が徐々に薄れていく。『戦竜機』の気配がないことを確認して、まずはゲルトが外に出る。続いてヨハンナ、フェガリヤ、そしてメサニフティーヴと続く。  ここが森のどこであるのかは、ヨハンナが把握していた。街があるのはあの方角だと、コンパスを手に指さした。 「資材の回収をしなくちゃだけど、いまは帰るべきだよね?」  来た時と同じく槍を手にしたヨハンナは、全く重さを感じていないようにずんずんと進む。自分が持つより勇ましいと、ゲルトは溜息を吐いた。 「ところで、フェガリヤとメサニフティーヴはどうするんだ?」  はたと思い出して、ゲルトは奇妙な兄妹に尋ねた。森の入り口まで送ると言ってくれたが、その後はどうするつもりなのだろうか。 「私達は引き続きあの『戦竜機』を探します……探して、助けないと」  フェガリヤの声は、どこか小鳥のさえずりを思わせる。そういえば、彼女は言っていた。 「――『彷徨う竜を月に導くため』?」  口にすれば、花開くように銀色の少女は笑った。 「はい! それこそ、私の使命……『戦竜機』や『屍竜』、この地上に彷徨う竜を、月に還すのです。『戦竜機』は、竜の全てを使った兵器……歪んだ魂が、身体に結びついてしまっています。だからその魂を解放し、導かなくてはいけません……」  あの『戦竜機』も例外ではありません、と、小首を傾げれば、銀の髪が揺れた。  しかし意味がわからない。そもそも彼女達はどこから来たのか。『戦竜機』が竜の全てを使ったものだとは知っているが、歪んだ魂とは何なのか。それ以前に――。 「魂って?」  そう尋ねた時だった。  轟音に木々が震えた。赤を失い明るくなってきていた空が、暗くなる。殺戮を繰り返す駆動音が耳をかすめた。  刹那、ゲルトは思い出す。  仲間が『戦竜機』の奇襲を食らった際、奴はどこから来たのか。 「飛び込めぇっ!」  考えるよりも先に身体が動いていた。槍を手放し、両手でヨハンナとフェガリヤを掴み、前方に転がるように飛び込んだ。茂みの細い梢で肌を切ろうが、気にしてはいられない。  直後に、背後に重量のある何かが落ちた。振動が広がる。涙のように木々から葉が舞う。  そして咆哮に肌が粟立つ――振り返れば、奴はそこにいた。  竜の全てを使った故に、竜に似た造形。まるで詰め込んだものが溢れているかのように、生々しく体表に現れている人工物。  ――『戦竜機』が命を奪うことだけを考えた瞳で、三人を睨んでいた。 「これが『戦竜機』かぁ……」  わずかに漏れたヨハンナの声。言葉こそいつも通りだったが、妹の声がかすかに震えていることにゲルトは気付いていた。  しかし『戦竜機』は突然悲鳴を上げて振り返る――背後に飛び退き、奇襲を逃れたメサニフティーヴが、その身体に噛みついていた。けれども『戦竜機』が大きく暴れると、比べて体格の小さな黒い竜は振りほどかれてしまう。  初めての戦いでも傷つけ、昨晩も槍を受けたはずの『戦竜機』。不死身と言われるその兵器の身体に、いまは傷一つなかった――一晩で治ったのだ。  人間が生み出したという恐ろしい兵器の特徴は、その破壊力と治癒力。  誰も手をつけられなくなったそれは、もはや災害。 「ゲルトさんとヨハンナさんは逃げてください!」  鋭くフェガリヤの声が響く。素早く立ち上がった彼女は、凛と『戦竜機』を見据えていた。 「あの子の相手は私達がします。ですからどうか、急いで――兄様! 大丈夫ですか!」 「――ああ、大丈夫だ。私は負けない」  木々の向こうではメサニフティーヴが体勢を整えていた。飛び込んできた『戦竜機』の爪を避けて、反撃に息吹を吐く。しかし『戦竜機』は再び爪を振り下ろし、息吹を切り裂いた。 「兄様!」  息吹を切り裂いた爪は、そのままメサニフティーヴの顔を切り裂いた。けれども黒い竜は退かず体当たりをすれば『戦竜機』は油断していたのだろうか、耐えられず地面に転がった。 「どうやら、私の竜としての力は、こいつにかなわないらしい……」  メサニフティーヴは悔しそうに牙をむくが、その牙の隙間からはまた光が漏れていた。 「しかし弱らせていけば、今度こそ――」  だが次の瞬間、転がったままの『戦竜機』の背中のパイプから破裂するかのように紫色のガスが広がった。たちまち辺りを染める。メサニフティーヴが再び吐き出した息吹すらも打ち消す。 「毒ガスだ!」  ゲルトが声を上げれば、ヨハンナは素早くマスクを身に着けた。フェガリヤもぼろぼろの服の裾で鼻と口を覆う。そして再び彼女は叫ぶ。 「さあ早く、逃げてください!」  できることは、ない。  ゲルトは頷けばヨハンナの手を引いて走り出した。いまは妹を連れて、逃げなくてはいけない。  だが一瞬振り返ったそこで、濃いガスの中から鞭のようにしなった何かが、小さなフェガリヤを弾き飛ばしたのを見た。
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