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「フェガリヤちゃん!」
ヨハンナが叫ぶ。ゲルトも立ち止まる。
『戦竜機』の長い尾。それがフェガリヤを弾いた。銀色の少女は地面に転がり、動かない。
続いて響いたのは竜の悲鳴。『戦竜機』のものではなく、メサニフティーヴのもの。空気を汚したガスの向こう、大きな竜が、自身よりも小さな竜の身体に牙を立てていた。よく見ればメサニフティーヴは苦しそうに口を開けていた――至近距離で毒ガスを受けたのだ、早くも毒に冒されているらしい。
「早く……にげ、て……」
ゲルトが愕然としていると、弱々しい声が聞こえた。フェガリヤ。何とか顔を上げているが、苦しそうに咳き込む。それでも。
「早く……」
――何故、この奇妙な兄妹が『戦竜機』と戦っているのか、ゲルトにはわからなかった。
この兄妹は普通ではない。それは十分にこの目で見た。
だからこそ、言われた通り逃げようと足を出したところで、改めて強い疑問が浮かぶ。
何故、フェガリヤとメサニフティーヴは戦っている?
使命があると言ったが、何故、そんな使命を背負っている?
何故――先祖が作ったものを、一人と一体に押し付けて、自分は逃げようとしている?
信じがたく、受け入れがたく、理解もできないが。
人間があの恐ろしい存在を作り出したのは、確かなことなのだ。
竜を犠牲にして。
それを、手を付けられなくなったからといって、竜に押しつけるのか?
「……ヨハンナ、お前は森を出ろ。とにかく街に戻るんだ」
突き放すように、妹を前へ押す。
そしてゲルトは『戦竜機』を見据えた。落としてしまった『竜血鉄』の槍を握る。
妹が何か叫んでいるのが聞こえた。フェガリヤも何か言っていたようだった。けれどもゲルトは止まらなかった。『戦竜機』に圧されているメサニフティーヴが目を見開く。
『戦竜機』は、小さな存在に気付かなかった。
ゲルトは毒ガスを切り裂いて――『戦竜機』の身体に槍を突き刺した。
伝わる肉の感覚、溢れ出る血。そして跳ね上がる『戦竜機』の身体。
『戦竜機』が暴れたものだから、ゲルトの身体は宙に浮いた。しかし槍からは手を放さない。抜けさせるわけにはいかない。この槍は、刺さっているだけで竜を弱らせることができるのだから。
自由になったメサニフティーヴが血を流しながらも一度退いた。『戦竜機』はまるで馬のように暴れたが、それも一瞬だけ。槍を握り続けるゲルトの姿を発見すると、ぐいと首を伸ばす。
だがその顔に、先程のお返しと言わんばかりに、メサニフティーヴの爪が振り下ろされた。顔を裂かれ『戦竜機』は天を仰ぐ。
このままどうにか、メサニフティーヴが仕留めれば――そう考えつつ、地面に足をついたゲルトは槍を深くに押し進める。そこで突然苦しさがせり上がってきて、まるで喉と肺が焼けているかのように息ができなくなる。
毒。徐々に身体の力が抜けていき、ついに槍を手放してしまった。しかしまだ動ける、ひとまずは薬を――。
大きな影が、覆い被さる。
はっとして見上げれば、命があるものとも、命がないものとも言えない瞳が、こちらを見下ろしていた。殺すためだけに磨かれた牙のある口が開く。
ところが殺戮兵器がゲルトに噛みつこうとした瞬間、何かが『戦竜機』に被さった。それに絡めとられてしまった兵器は、驚いて頭を振る。
網。
「――ヨハンナ!」
見れば、逃がしたはずの妹が槍を手に立っていた。網に絡め取られて慌てている敵に、まっすぐその切っ先を突き刺す。
『戦竜機』は悲痛の叫びを上げた。だが未だ暴れ続けている。周囲にいる生き物全てを殺さんと言わんばかりに、またしても背中のパイプから濃い毒ガスを広げる。
いよいよガスに辺りが見えなくなる。これほどに濃い毒、助からないかもしれない――。
力強い羽ばたきが聞こえた。
纏わりつくかのように漂っていた毒ガスが動き出す。どこからともなく吹いてきた強風に、洗い流されるように紫は薄れ、消えていく。
それはメサニフティーヴの羽ばたきだった。大きな黒い翼は、冷たい風を生みだし、木の葉と共に毒を散らした。
そして黒い竜は『戦竜機』の喉笛に牙を立てる。
深く、深く。砕くように。ちぎれんばかりに。悲鳴すらも上げさせないほどに。
果てに、小気味のいい音がした。
もがいていた『戦竜機』の身体から、力が抜ける。
「これで……十分だろう」
ようやくメサニフティーヴが口を離せば、どん、と『戦竜機』は地面に落ちた。手足や尾はまだひくひくと動いている。弱々しい声も漏らしている。けれどももう行動ができない。背中のパイプからは、もう何も出ない。
やっとのことで『戦竜機』を行動不能にできた。
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