第三章 檻の中の子供達

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 息を乱しながら裏路地を逃げるように進んで、やがてフェガリヤは立ち止まる。背を壁に預ける。  天を仰げば、裏路地の形に細くなった空があった。  まさかあんなことになっていたなんて。  思い出すだけでも辛い。だが本当に辛い思いをしているのは、あの子供の『戦竜機』だ。  一刻も早く助けなくてはいけない。  でも、どうやって?  フェガリヤは考える――あの人だかりの中で歌うのは、竜が聞いてくれない可能性が高いし、周囲の人間も何をしてくるかわからない。彼らはあの『戦竜機』を玩具同然に扱い、武器を振るう者達だ。もし自分が月の光を放っているのを見たら、その槍がこちらに向く可能性がないわけではない。  ところであの檻は、いつまで外に出しておくのだろうか。つと思う。あの檻には車輪がついていた。夜にはどこかにしまわれるのかもしれない。  どこかにしまわれるのならば、そこに忍び込んでしまえばいい。  あの『戦竜機』はひどく弱っていた。必要があれば街から連れ出しメサニフティーヴに無力化してもらうが、静かな場所ならば、兄に協力してもらわなくとも、自分の歌を聴いてくれるかもしれない。  そうとなれば、調べるべきはあの檻、あの『戦竜機』の一日の動きだ。いつ広場から離れるのか。そしてしまわれるとしたら、どこに連れて行かれるのか……。  そこで気配に気付いて、はっとフェガリヤは路地の先を見つめた。薄暗い中、人影一つが立っている。 「やあ旅人さん、どうも顔色が悪かったから、心配してね……気分がよくないのなら、うちで一休みしていくかい? 屋敷はすぐ近くなんだ」  影の中にいるが、マルセロが紳士的に微笑んでいるのが見えた。 「そうそう、ほかの『コレクション』もあってね、見せたいから、ぜひ来てくれると嬉しいね」  コレクション。あの『戦竜機』もコレクションの一つだと言っていた。  もしかすると、あの檻も時間が来たらそのコレクションの中に戻っていくのではないか? 「……助かります、随分、優しい方なんですね」  いま、マルセロの屋敷に入れば、中がどういう構造であるのか見られるかもしれない。知っていれば潜入が楽になる。これを利用しない手はない。  そう思ってフェガリヤは返事をしたのだが、妙な気配を感じてマルセロを見つめる。  どうも、怪しい。いい気配がしない。  優しい人間の心、優しい人間の気配というのを、銀の少女は知っていた。  それが彼からは感じられない。どろりとした冷たいものが這い寄ってくる感覚がある。  悪意。欲望。かつて竜を狩り『戦竜機』を操った軍人達が放っていたものと、似たそれ。 「……でも大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」  頭のどこかで警鐘が響いている。フードの下、フェガリヤは作り笑いを浮かべてくるりと背を向けた。そうして早足で歩き出すものの、足音が追ってくる。 「おや、遠慮しなくても。そういえば、宿は決めてあるのかい?」 「いいえ。けど自分でどうにかしますので」 「……ところで旅人さん、そのフードの下が気になるなぁ」 「すみません、もう、いいですか――」  そう言った時だった。フェガリヤの腕を、マルセロが掴んだのは。  弾くようにフェガリヤはその手を払えば、先へと走り出した。まずい。相手は何を考えているのかわからないけれども、よくない気配がする。  とにかくあの男から距離を取らなくてはいけない。暗い路地に、足音が響き渡る。  しかしそれはフェガリヤのもののみ。マルセロは追ってこなかった。何故なら。 「ちょっと嬢ちゃん、人が親切してやろうとしてるのに、礼儀知らずなんじゃないのか?」  走るフェガリヤの前に、ぬっと屈強そうな男が一人、立ち塞がった。続いてまた数人の男。見覚えがある。広場にいた――マルセロの使用人だ。  慌ててフェガリヤは踵を返そうとしたが、そこにはマルセロが立っていた。  と、次の瞬間、身体が浮く。 「やめて! 放して!」  屈強そうな男に、後ろから持ち上げられるようにして捕まってしまった。ばたばたと足で宙を蹴る。もがいて抜け出そうにも、手の自由も奪われてしまった。  それでも暴れ続けていると、ついにフードが外れる。暗い路地に現れる銀糸の流れ。穢れない輝きの瞳。 「ほう! これは……いいなぁ……ぜひ、私のコレクションに!」  マルセロは興味深そうにフェガリヤの顎を掴み、その瞳、そして髪を眺める。その手から逃れようと、更にフェガリヤが暴れると、彼女を捕まえている男が怒鳴る。 「暴れるな! 旦那がお前の見た目を随分気に入ってる、なるべく傷つけたくないんだ」  けれどもフェガリヤは魚のように暴れるのを止めず、ついに男の拘束から抜け出した。どさりと冷たい地面に落ちて、同時に男達が「ああっ」と声を漏らす。  フェガリヤは急いで立ち上がろうとした。だが叶わなかった。後頭部を、鈍い痛みが襲った。短い声が出る。殴られたのだと悟ったが、すぐに意識は沈んでいってしまった。
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