第三章 檻の中の子供達

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 街から離れた岩山に、メサニフティーヴは着地した。  そしてフェガリヤは歌う。『戦竜機』へと。導きの光を灯す。  すっかり弱り果てた『戦竜機』は、大人しくフェガリヤの子守歌を聴いていた。それこそ子供のように、最初は何だと不思議がり、徐々に心地よさを覚えたのか、くつろぐように伏せたまま、フェガリヤに頭を撫でてもらっていた。やがてその身体と魂は光になって、銀の少女の光と混ざり合う。少女の向こう側にある月へと、還っていく。  また一つ、竜の魂が苦痛から解放された。 「……それで。何があったのか説明してもらおうか」  全てが終わって、メサニフティーヴは据わらせた瞳を妹に向けた。フェガリヤは苦笑いを浮かべることもできず、身を縮こまらせるしかなかった。  そろそろと妹が説明している間、兄は一言も口を挟まなかった。まずは最初から最後まで話を聞こうという姿勢。  最後まで話し終えて、しばらくの沈黙。フェガリヤは兄の前に正座して、上目遣いで言葉を待った。やがて。 「危険すぎた。お前は無茶をしすぎなのだ、フェガリヤ。お前の背負った使命は大事だ。だが無茶であること、危険であることをどうして考えない!」 「でも兄様だって……私のこと言えないじゃないですか……ひどい無茶をするときは、しますし……」  世界を赤く照らす月の下。フェガリヤは怒られ、更に身を縮ませつつも口を尖らせる。  兄は一瞬だけ都合の悪い顔をして、溜息を吐いた。  メサニフティーヴにとって、嬉しくも苦々しくあるもの。それは妹が自分に似てしまったところだった。 「あの時私が、お前の光に気付いていなかったら……」  切り替えて、メサニフティーヴは長い尾を地面に落とし、肩を竦めるようにして、瞳を歪ませる。 「でも、私は気付いてくれると信じていました」  言い訳をするつもりではないものの、フェガリヤは口を開いた。 「私が合図したら、兄様は絶対に助けに来てくれる。そう信じてました……そして兄様は、私の信じた通り、助けてくれました……ありがとうございます、兄様」  メサニフティーヴは黙ってしまった。妹を戒めたい気持ちと、そう言われて誇らしい気持ちで、何もできなくなってしまった。  それから、休息にフェガリヤが月の光を放ち兄を照らした。ぼんやりと照らされる中、再びメサニフティーヴは溜息を吐く。 「……それにしても、人間とは愚かだな。コレクション、とは。そして『戦竜機』を痛めつけていたとは」  漏れる言葉。黒い竜に寄り添うようにして光を溢れさせていたフェガリヤは、目を開ける。  メサニフティーヴは続ける。 「戦争のための道具の資材として竜を使ったことも含めて、あまりにも愚かだと思うよ……恐ろしい」  彼は一度言葉にするか迷った果てに、銀の少女に尋ねた。 「フェガリヤよ……人間は、果たして救う価値があるのか? 救われるべき存在なのか?」  ――この旅は、決して人間を救うためのものではない。  この地上に残されてしまった、竜を救うための旅だ。  しかしそれは、結果的に人間を救うことにも繋がる。彼らを脅かす存在である『戦竜機』や『屍竜』の数を減らしていくことなのだから。  兄の言いたいことを、妹は悟る。  人間は――世界にいていい存在なのか。それとも、滅ぶべきなのか。  自分達のしていること。それによる結果のまま、彼らをそのままにしておいていいのか。  ……その問いに、銀の少女は明確には答えられない。 「愚かで、残酷な人間も多くいます。欲に支配された者達、他の命を軽んじる者達……」  しかし、今まで見て来た事実がある。 「けれども、よい人達もいます。ばば様のように。この服を作ってくれた人のように。そして今まで私達に親切にしてくれた方々のように」  フェガリヤから溢れる光が薄れていく。世界は元の、赤い月光を帯びたものに戻った。血色に照らされ、浮き出される世界。風すらも赤く、しかし吹かれて波打つ少女の髪は、銀色。  虫の声が聞こえる。野禽の声が聞こえる。  ここまでは聞こえてこないけれども、きっと人間の声も、どこかで響いている。 「兄様。私は竜を救うだけです。竜を月に還すだけ。それが使命です」  少女は囁く。 「ただ、最後に残されるのは人間達です。悪い人が目立ちますが、いい人もいます……だから私は、可能性を信じていいと思うのです。彼らが秘めた、可能性を――未来へ進めると。良い世界が作れると」  かつて、竜が世界の支配者だった。  しかし小さな人間達が、協力し発展することで、その座が変わった。  『戦竜機』という、恐ろしくも全く新しい存在を作り出した。  彼らには、あらゆる可能性がある。それはよくも、悪くも。 「……自然の力の要であった竜がいなくなったいま、緩やかでも確実に世界は崩壊の一途をたどっています。『戦竜機』や『屍竜』が彷徨っているからという理由もありますが、そうでなくとも、ほつれが広がるように、やがては全てが終わってしまうでしょう」  竜から溢れる力が、世界を、自然を、命を豊かにしていた。  竜がメサニフティーヴを残して滅んだいま、その豊かさは減るしかなかった。  それでもフェガリヤは、祈るように言葉を紡いだ。 「けれども私は、信じたいのです。竜がいなくなっても、人間達が世界を支えられると。彼らの正しい心が、世界を守ると。滅びゆく中でも光を見つけられると」  銀の少女は微笑む。  だから『戦竜機』を導きましょう。だから『屍竜』を救いましょう。  それは竜のためであるけれども。  残された人間達が、世界と向き合ってくれるように。  ――深夜。いまだ、月は赤いまま。  明日のために、奇妙な兄妹は眠りにつくことにした。  まだ救うべき竜は、彷徨っているのだから。 【第三章 檻の中の子供達 終】
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