第一章 竜と少女と子守唄

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 * * *  青空の下、森に到着すると、町長は男達を何人かのグループに分けた。それから広い森の、それぞれが担当する場所を言い渡す。ゲルトのグループは、森の入り口から随分離れた場所だった。街から一番遠い。けれども、昨日『戦竜機』と戦った場所からも遠い。  『戦竜機』が去ったのかどうかを確認しながら、足元に注意して進んだ。ここは昨日の戦場から距離があるものの、逃げてきた仲間がいるかもしれなかった――生きているかどうかは別にして、見つけなくてはいけない。  探すのは『戦竜機』の影と、行方不明者だけではない。 「折れちまってる……これ、もしかして町長が野郎にぶっ刺した槍の一本じゃないのか?」  仲間が草地に転がっていた長い何かを見つけた。言葉通り、折れた槍――『竜血鉄(りゅうけつてつ)』の槍だった。  残念そうにした彼の隣で、別の男が顔を明るくする。 「また使えるじゃないか!」  竜由来の素材は貴重だった。何せ、生きた竜からしか基本的に得ることができない。つまりもう入手できないということだ。  とくに竜の血を用いて作られた鉄『竜血鉄』は安全な生活に欠かせないもので、『戦竜機』を仕留めるための唯一の道具と言ってもよかった。  竜の弱点は竜。竜に立ち向かうには、竜の力を。  『竜血鉄』の槍は、竜の固い鱗を割り、その身体を貫き蝕むことのできる武器だった。  もし、また街の近くに『戦竜機』が現れたのなら、戦力の足しになる。男達は喜んで武器を回収した。  しかしその中で、ゲルトはふと表情を暗くして振り返ってしまう。  そこにある荷車。布でくるまれた何かが、すでにいくつか積まれていた。  ――仲間の遺体。毒ガスにより息ができなくなり、力尽きたようだった。  何人の行方不明者がいるのだろうか。考えずには、いられなかった。  『戦竜機(せんりゅうき)』――自分も大人になり、初めて戦いに参加したが「災害」そのもののようだった。  ――そもそも『戦竜機』というのは、人が作ったものだと聞いた。人と人が争い始め、そこで竜を元にした兵器を作ったのが始まりだと言う。最初の内こそ『戦竜機』は道具として人間に扱われていたそうだ。  が、百年ほど前に、月が赤くなり――全ての『戦竜機』は暴走した。敵も味方も関係なく、全てのものを襲うようになったという。  ……月が赤くなった夜。『戦竜機』が暴走したのと同時に、生きた竜は滅んだとも聞いた。その夜から、竜の姿がほとんど見られなくなったそうだ。  ――それなら、あの黒い竜は一体。  考えながらも、ゲルトは仲間に続いて草むらを分けて進む。まだ使える資材は落ちていないか。行方不明者の居場所に繋がるものはないか。そして『戦竜機』は果たして本当に去ったのかどうかの確認をしつつ――あの黒い竜の痕跡を、目を皿にして探す。  鳥の鳴き声が聞こえた。生き物がいる。風に木々が揺れて囁き合えば、頭の中を満たす不安が薄れていくように思えた。平和な日常が戻ってくる足音が、聞こえる気がする。  しかし漂い始めた平穏は、仲間の悲鳴に切り裂かれた。槍をまるで棒切れのようにぶんぶんと振り回しながら茂みを漁っていた男が、ぴたりと止まって、恐れすらも含んだような大声を上げたのだ。 「みんなぁ! 見ろ……!」  彼が槍で広げた茂みには、赤黒いものがこびりついていた。息を呑んで皆がそこを覗き込めば、転がっていたのは、黒い石だった。  否、石ではない。  誰もそれに手を伸ばさなかった。けれどもついに、ゲルトがそれを拾い上げた。冷たい、けれど、手の温もりがすぐに伝播して、それは温かさを帯びる。 「鱗だ」  間違いない。しかも『戦竜機』の鎧と化した鱗でもない。『屍竜』の腐りかけたものでもない。  生きた竜から剥がれ落ちた、美しい鱗だった。恐らく、あの黒い竜の。 「――幻じゃない! 俺達は幻覚を見ていたわけじゃなかったんだ!」  鱗を最初に発見した仲間が、ゲルトからそれを奪って天に掲げた。鱗は透けることはないものの、揺れる木漏れ日に宝石のように輝く。 「まだ近くにいるかもしれない! みんな、慎重に探すんだ!」  別の仲間は声を抑えて緊張を広げる。 「生きた宝だ、何としてでも捕まえるぞ! それとまだ近くに鱗が落ちてるかもしれない、くまなく探すんだ!」  命の恩人であるのに、またそんなことを言っている。ゲルトは嫌悪に深く溜息を吐いた。しかし、改めて鱗が落ちていた茂みに視線を向ける。  ……よく見れば、恐らく例の竜のものであろう血が、森の至る所にこびりついていた。それだけではなく、折れた木々、抉れた地面も見られる。絡まるようにして争っていたあの竜と『戦竜機』は、ここでも争っていたのだろうか。 「俺、町長にこのことを伝えてくる。竜がいるかもしれないし、『戦竜機』もいるかもしれない」  予感を覚えて口にすれば、意気揚々としていた仲間達がきょとんとしてゲルトを見る。 「だって……あの竜と『戦竜機』は戦ってただろ。そしてこの辺りが血まみれで、生きた竜の鱗が落ちてたってことは……あの竜、『戦竜機』に負けたのかもしれない」  竜の弱点は竜。  ――百年以上前『戦竜機』を量産するにあたって、激しい竜狩りが行われていたという。竜を仕留めるには竜の力がいるために、狩りには『戦竜機』が使われていた。  あの黒い竜が負けた可能性は、十分に高かった。 「鱗はあの竜のもので間違いないだろうけど、そのあたりの血は、あの竜のものかわかんないよ。もし『戦竜機』のものだったら……あれは、不死身の怪物なんだろう? もしかすると昨日の怪我も、いまはもう治ってるかもしれない」  だから人を集めなくてはいけなかった。巨大な敵に立ち向かうには、数で圧すしかない。 「……じゃあ、俺達は下手に動かずここで待機してるか」  仲間の一人が樹に寄りかかる。それを受けて、他の仲間も頷いた。  一人がゲルトの前に出た。 「俺も一緒に行くよ、『戦竜機』がいる可能性が高くなったんだ、一人で動くのは危ない」 「ありがとう、町長は確か……西側のグループだったはずだ」  ゲルトは仲間と共に早足で歩き出す。黒い竜が『戦竜機』を追い払ったと信じたいが、もし負けていたのなら『戦竜機』がまだここに潜んでいる可能性がある――気を引き締めると、自然と顔も険しくなる。  そうして、数歩歩いた時だった。  気を引き締めたことによって、自ずと研ぎ澄まされた聴覚。何か、低い音が耳をくすぐった。思わず足を止めて振り返る。 「おい、どうした?」 「……いや、何でもない」  疲れからだろうか。睡眠は十分に足りていないし、何よりこの状況だ。疲れでおかしくなるのも、仕方がないかもしれない。ゲルトは向き直った。  ――直後に、どん、と。  木々が揺れる。鳥が悲鳴を上げる。風が逃げるように木の葉を散らす。地面が絶望の到来に震えた。  そして響き渡ったのは、機械音混じりの耳障りな咆哮。先程まで一緒にいた仲間達の悲鳴。  再び振り返れば、仲間達の目の前に、巨大なそれがいた。低く這うような駆動音は、決して疲れから聞こえたものではなかった。  人の手により、装甲と化した鱗。  鋼を織り交ぜられた翼。  爪と牙はより鋭利に磨かれ、敵を屠る凶器に。  機械部分やコードが、生々しく肉から突き出して所々に現れている。  瞳は生物のものではない。相手が人であるのか竜であるのか、はたまたそれ以外のものであるのか、判別し、破壊と殺戮を行うだけの、兵器の瞳。  『戦竜機』。竜の全てを使った不死身の兵器。大きく広げられた翼が畳まれると、耳障りな金属音がした。  昨日の個体で間違いがなかった。通常よりも大きな個体。そして特徴的な背中のパイプ群――恐らく、空に潜んでいたのだ。獲物を見つけ、地上に降りてきた……。
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