第四章 パレードの終着点

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 とっさにメサニフティーヴは、息吹で壁に穴をあけようと思いつく。だが息吹を吐こうとすると同時に、真後ろで歪な咆哮が響き、すぐさまそちらへと身を翻して口を開いた。『戦竜機』がそこにいた。しかしその竜は、放たれた息吹を前に怯まない。ぶんと頭を振った。すると刃の角が宙を斬り裂き、息吹までもを両断する。  メサニフティーヴは驚いたものの、目を見開く間もなかった。次の瞬間、『戦竜機』が首に噛みついた。 「兄様! 兄様……!」  噛みつかれた際に、フェガリヤは背から転がり落ちてしまっていた。苦しそうに呻く兄を見上げる。  幸いにも、黒い竜の硬い鱗がいくらか敵の牙を遮っていた。だが一部は鱗を割り、肉に突き刺さり始めている。このままではひどい出血をさせられる、または首の骨を砕かれてしまう。  すなわち、黒い竜の死。  フェガリヤは考える前に動いていた。目の前に落ちている鋭いものを拾い、兄しか見ていない『戦竜機』に突き刺した。  拾っていたのは、折れた『竜血鉄』の槍だった。易々と肉に刺さり、不意打ちに『戦竜機』はメサニフティーヴを放してもがく。その勢いにフェガリヤは弾かれてしまったが、槍は竜に刺さったまま。  床に打ちつけられた少女が身体を起こせば、殺戮に暴走する目とあった。刃の角が向けられる。  フェガリヤは動けなかった。目を瞑ることしか、できなかった。  だが瞼を透かして眼球を刺激するほどの白い光が、目の前を覆う。  メサニフティーヴが炎のように息吹を吐いていた。その中で『戦竜機』が踊るように悶えている。  けれども兄の首の傷から零れる血。息吹を吐きながらも、ごふ、と血を吐き出す様。  それでも黒い竜は、息吹で『戦竜機』を弱らせていく。あとから来た『屍竜』、また他の『戦竜機』をも巻き込んでいく。 「兄様、無茶はいけません!」  兄が命を削っている。フェガリヤは叫んだものの、メサニフティーヴはまた血を吐いて、しかし再び妹に迫った『戦竜機』を爪で裂いて答える。 「お前を守るためならば」  メサニフティーヴは敵を睨み続けていた。  身体に多くの傷を負っているにもかかわらず、生の強い灯火が瞳にはあった。 「私は、何だってしなくてはいけないのだ」  ――咆哮が打ち上げられる。工場全体をも震わせるような、力強い轟音。  黒い竜の、生気に満ちた叫び。怪我を負っているものの、翼を広げた姿は畏怖の念を与える。  全ての竜が気圧され身を竦めた。圧倒的な存在を目の前にしていることに気付く。  ぎらついた深い緑色の生者の目。敵を捉えては、屠っていく。  しかし黒い竜も、傷を負わずにはいられない。鮮血が空気を染めるかのように飛び散り続ける。  それでも彼は戦い続ける。  妹を守るために。妹の使命のために。  ――それが、自身が決めた、自身の使命なのだから。 「……フェガリヤ、歌える、か……?」  やがて、最後の『戦竜機』が床に投げ捨てられた。大部屋には、数体の『戦竜機』が転がり、また数体の『屍竜』が動けなくなっていた。  メサニフティーヴはやり遂げたのだ。しかし今の彼は、血で赤く染まり、よろよろと妹の元へ歩けば座り込んでしまった。 「兄様……ありがとうございました」  妹は兄の頭に小さな手を伸ばす。だが兄は頭を振って避けてしまった。 「触るな。血で汚れてしまうだろう?」  だがフェガリヤの白い手は兄を撫でる。血に濡れる。  ……その血を握りしめて、動けなくなった竜達へと、彼女は向き直る。 「還りましょう……みんな」  透き通った子守唄が響き渡る。少女の口から紡がれる祈り。溢れ出る月の光。そこから垣間見える、月への扉。  フェガリヤの光は、祈るほどに、声を大きくし歌うほどに強くなる。戦い疲れた竜達が声を漏らす。頭を上げるものもいる。涙を流すものもいて、月の光にきらりと輝いた。  光はメサニフティーヴの傷をも照らし、癒していく。染み入る優しい温かさに、黒い竜は目を瞑った。  やがて動けない竜達が光を帯び始める。その時。  げぽ、と、粘っこい音がした。メサニフティーヴが目を開けると、妹がうずくまっていた。光を帯び始めていた竜達から、その輝きが失せる。 「フェガリヤ……!」  メサニフティーヴは目を剥いた。フェガリヤは血を吐いていた。ひゅうひゅうと、呼吸する度に音が漏れていて、彼女は震えていた。  もう限界なのだ。しかし。 「この子達や、兄様の痛みに比べれば……!」  銀の少女は息を整え、座り込んだままでも再び歌い始める。響く歌声には、優しさも、意思の強さも溶けていた。決して濁らない、救済の歌。  ついに『戦竜機』の一体が光となった。続いて、まるで花が咲くかのように別の竜が光になる。次々に竜は光になっていく。そしてフェガリヤの周りを舞い、彼女の放つ光に溶けていく。月へと還っていく。  最後にやって来た光に、フェガリヤは手を伸ばす。 「おいで、さあ、還りましょう。もう大丈夫……」  胸の内にしまい込む。  ようやく子守唄が終わる。部屋を満たしていた光が、薄れていくように消える。  そしてフェガリヤは、ゆっくり傾いたかと思えば、そのまま倒れてしまった。  兄が慌てているのが見えたが、意識は落ちていくだけ。しかしその中で、自分の向こう側、月に還った竜達の安堵を感じていた。
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