第一章 竜と少女と子守唄

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 男達の悲鳴はすぐさま蛮声に変わった。木々の向こう、巨体に槍を構えて挑む仲間達が見える。一人が瞳に向かって槍を構えていた。まさに突き刺そうとしたところで『戦竜機』の頭が蛇のように動いて彼を突き上げる。手から離れた槍、宙に打ち上げられた身体。そして『戦竜機』は口を開いたかと思えば、その身体に噛みつく――。  溢れ出た血が、ぼたぼたと零れるのをゲルトは見た。鉄のような臭いが濃く漂ってきて、駆けつけようと踏み出した足に絡みつく。『戦竜機』を取り囲む他の仲間達も、怯み言葉を失い、仲間の断末魔を耳にするほかなかった。けれども一人が我に返って槍を構える。巨大な鉤爪がある手を避けて、懐に入り込もうとしている。 「行くぞ!」  隣にいた仲間が槍を握って駆けだして、ゲルトもようやく我に返った。足は震えていた。全身は恐怖に冷えているようで、だが燃えてもいるようで、感覚がおかしくなってしまっていた。しかし逃げ出すわけにはいかない――『戦竜機』を仕留めなければ、このまま街にやってきてしまう。  守らなければ。そのために、戦わなくては。  重たく、あまりにも手に馴染まないものの、ゲルトは槍を強く握った。  ところが。  ――耳を塞ぎたくなるような咆哮。鞭のようにしなった尾。数人の仲間が払われ、樹に叩きつけられる。ずるりと地面に落ちた数人は、血色に染まって、胸から白い骨を突き出させていた。それでもまだ動ける者がいて、起き上がろうとする。だが『戦竜機』のあぎとがそこに降ってくる。  『戦竜機』は食うために殺しているのではない。  殺すために、殺しているのだ。  仲間の下半身が転がった。そして『戦竜機』は口の中に残っていた上半身を吐き出し、前足で踏みつける。まるで果実のように肉は潰れて、地面を赤く染めた。  ひゅっ、とゲルトは息を呑んで、その場から動けなくなってしまった。  いまはまだ昼過ぎ。夕方前。不安を煽る赤い月はどこにもない。  木漏れ日の射し込む森の中、全てが鮮明に見えてしまう。 「――よせ!」  とっさにゲルトは走りゆく仲間の背に手を伸ばした。けれども怒りに顔を歪めた仲間の服を、掴むことはできなかった。  仲間の一人が『戦竜機』に網を投げた。一部であるが、竜の鱗で作られた糸が使われているため、多少は敵を拘束できる網。巨大な『戦竜機』であるが、網の大きさはぎりぎり足りた。網に絡まり『戦竜機』はぎぎぎと声を漏らす。その間に、男達は槍を突きたてようとするが、紫色のガスが爆発する。瞬く間に木々の間を埋め、視界も濁していく。 「毒ガスだ!」  誰かの声。その声は咳き込むものに変わる。 「マスクをつけろ! 吸い込んじまった者は薬を!」  言われる前に、ゲルトはマスクを取り出すと身に着けた。完全に防ぐことはできないだろうが、多少はガスの中にいられるであろうマスク。皆が慌てて身に着ける。  その隙に『戦竜機』は網から抜け出していたらしい。マスクをつけて再び走り出そうとしていた目の前の仲間、その姿が突然、大きな足に踏み潰された。  ゲルトは目を見開いてそれを見てしまった。あらゆるものを裂く爪のある手。地面から離れると、ぬちゃりと血が糸を引いて、兵器の手についてしまった肉がぼたぼたと落ちる。  と、『戦竜機』が不意をつかれたような声を上げる。長い影が、その身体に刺さっている。  『竜血鉄』の槍。誰かが突き刺すことに成功したらしい。けれども『戦竜機』が怯んだのはその一瞬だけで、続いて槍を刺そうとしていた仲間を体当たりして撥ねる。そしてマスクをつけているとはいえ、長時間毒ガスの中にいることはできず、咳込み動けなくなっていた仲間を、鋭い爪が切り裂いていく。  気付けば、毒ガスの中に立っている人影は、ゲルトだけになっていた。  『戦竜機』が振り返り、最後の獲物に瞳をぎらつかせる。  逃げないと。この危機を伝えないと。  だがゲルトは動けず、あまりにも強大な敵を見上げることしかできなかった。恐怖に声が漏れそうになったものの、代わりに出たのは咳――息が苦しい。肺が焼けるようだ。酸素が足りない。息をしようにも咳が止まらず、毒が回り始めていた。  大きな影が、被さる。  それは『戦竜機』の手。鋭い爪のあるそれ。  手にした槍を振るうこともできない。咳き込むあまり膝をついたゲルトは、ただ見上げることしかできなかった――。  紫色が渦巻く。木々が騒めく。  ……黒い影が飛び出した。あたかも、ネズミに襲いかかる猫のように。殺戮兵器の爪がゲルトを裂く前に『戦竜機』に跳びかかり、動きを制する。  黒色のそれ。『戦竜機』の方が一回り二回り大きく、体格差はあった。しかし不意打ちは十分に効いていた。『戦竜機』の声に、怯えが混じっている。  毒ガスの中、ゲルトは顔を上げた。 「黒い、竜……」
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