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* * *
気付かないうちに、ゲルトは眠りこけていた。
すぐ隣には、全滅したと信じられていた生きた竜と、まるで人形のような銀の少女がいる。そんな状況にもかかわらず、人というのは眠れるものなのだと、まだうとうとしながらも思う。
ふと、微睡の中、考える――もしかすると、全て夢なのではないか、と。本当は全て夢で、これからもう一度森に行くところなのではないだろうか。そう、病院での手伝いを終えて、再び森へ行く前の、仮眠の中で見ている夢――。
いや、そもそも『戦竜機』が出たというところからが夢――。
「――何かが来ている」
低く、力強い声に、ゲルトは現実に引き戻される。
「……『戦竜機』か?」
脳はすぐに警告に覚醒する。先程メサニフティーヴから引き抜いた槍は、傍らに転がっていた。それを拾って、ゲルトは立ち上がる。
外はまだ赤かった。夜。赤い光に、鼓動が速くなる。
もし『戦竜機』だったのなら、勝てるのだろうか。もう仲間はいない。竜の弱点は竜であるが、メサニフティーヴはひどく苦戦していた。
「……いや『戦竜機』ではないな。音がしない」
と、黒い竜が気付いて、外に目を凝らす。確かに『戦竜機』独特の駆動音は聞こえない。
「……『屍竜』ですか?」
いつの間にか目を覚ましていたフェガリヤが首を傾げる。
だがゲルトは、何よりも可能性の高い存在を思い出す。
「人かもしれない」
『戦竜機』を退治しに来た者か、あるいは逃げて来た者か。
「仲間が俺を探しに来たのかも……あるいは逃げてきたか『戦竜機』を探しているか……」
そこではっとして振り返る。
「……メサニフティーヴが見つかるのはまずいかもしれない」
生きた竜は、宝の山。命の恩人を殺すなんてゲルトには考えられなかったが、他の人間も同じだとは限らない。事実、そうであったために、メサニフティーヴは槍を一本受けた。
助けを求めるようにフェガリヤがこちらを見上げていた。
「もし人間なら、俺が何とかする。ちょっと見てくる――」
助けを求められなくとも、そうするつもりだった。
そうして洞窟内に反響したゲルトの声に。
「――お兄ちゃん?」
……若い女の声が、反響して返ってきた。
「……ヨハンナ?」
いやまさか。しかし。驚くと言うよりも、呆れかえってゲルトは槍を下ろす。外から赤い月光が差し込む中、歩いて来る人影があった。
長い茶色の髪。森に入るには、馬鹿にしているのか、と言われてもおかしくないほどひらひらしたワンピース。それはまさしく自分が作ったもので、けれどもそれを着る彼女は、服装に全く似合わない無骨な槍と、汚れたリュックを背負っていた。
「――お兄ちゃん! 生きてたぁ!」
紛れもなく、妹のヨハンナだった。
黙っていれば美人。動かなければ可憐。絵で見せたのならば、誰もが嫁にしたいと思うような顔立ちであるが。
「ヨハンナ……お前……嘘だろ……一人で来たな……」
「うん! 『戦竜機』、見てみたかったし、生きた竜も出たっていうし? あと夜の森ってぞくぞくするし……それからこれが一番大事! お兄ちゃんが帰ってこなかったから!」
恐怖心と危機感が全くなく、好奇心で動く。「お転婆暴走娘」と誰が言ったか。
「いやぁ~信じたらそうなるもんね! お兄ちゃん、生きてるじゃん! 町長達がぼろぼろになって帰って来てさ、お兄ちゃん達のグループは全滅したとか言ったの! も~嘘吐きじじいめ! って思ってね!」
「……止められなかったのか?」
「止められなかったよ? 誰にも言ってないしばれずに出てきたもん? みんな『戦竜機』をどうするかって悩んでたから、簡単に出られちゃったね?」
額に手をあて、ゲルトは天井を仰いだ――可愛い妹よ、どうしてそう危険を冒すのだ。
けれども今の会話でわかったことがある。町長達は『戦竜機』とまた一戦交えたのだ。だが恐らく撤退した。そしてこの森には未だ『戦竜機』が潜んでいる。
と、ヨハンナは青い目を大きく見開いた。
「竜! 生きた竜だ!」
奥の暗がりにいたメサニフティーヴを発見したらしい。駆けよれば更に目を輝かせた。
「うわぁ! 本当にいたんだ! 鱗つやつや! 牙と爪も最高! うわぁ……これ……へへ……資材にしたらどれだけ貴重なものになるかな……?」
「ヨハンナ、メサニフティーヴは俺を助けてくれたんだ。命の恩人なんだ」
しかしそう戒めた次の瞬間には、ヨハンナの目はフェガリヤへと移っていた。
「……すごい、綺麗な子」
普段は大声で叫んでばかりいる妹が、感嘆の声を漏らしたものだから、ゲルトはぎょっとしてしまった。
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