17人が本棚に入れています
本棚に追加
フェガリヤは困ったようにヨハンナを見上げていて「こんばんは……」ととりあえずの挨拶をしている。
「――でーもぼろぼろ! 何これ! ひどーい!」
嵐の停止は一瞬だけ。次の瞬間、ヨハンナはフェガリヤの小さな肩を掴んでいた。驚いて震えるフェガリヤ。そしてメサニフティーヴが低く唸る。
「人間! 私の妹に触れるな!」
「『私の妹』ぉ? 何? あんたこの子の兄なの? ねえちょっとこれひどいわよ! もっと大切にしてあげなさいよ!」
ヨハンナは臆することなくメサニフティーヴの鼻を指で突いた。それに驚いたのか、はたまた言い返す言葉が見つからなかったのか、黒い竜は目を丸くして身を引く。
ヨハンナは再びフェガリヤへと視線を向ければ、頭から爪先までを眺めていた。
「ふん……ふん……いい服仕立ててあげようか? 私じゃなくて、お兄ちゃんがやるけど。あっ、そうだ、お腹空いてる? はい、お兄ちゃんも!」
そうして彼女が荷物から取り出したのは小袋だった。クッキー数枚が入っていた。
甘い香りに、ゲルトは空腹を思い出した。
「ありがとう。外には『戦竜機』がいるし、夜になっちゃったしで、動けなかったんだ」
一枚を受け取って齧る。ヨハンナの手作り。フェガリヤも差し出されたものだからそろそろと受け取っていた。小さな口で齧ってみる。
「……おいしい! 私、あまり食事はしないんですけど……こういったお菓子、久しぶりに食べました……」
続いてヨハンナはメサニフティーヴにも餌付けするようにクッキーを差し出すが、黒い竜はあたかも拗ねたように丸くなって地面に頭を置いてしまった。
「竜は食事を必要としない」
「あっそー。本で見たことあったけど、本当にごはん食べないんだね?」
代わりにヨハンナはそのクッキーを齧りつつ、ゲルトの隣に腰を下ろした。
こうして並んで食事をしていると、不意にゲルトは泣きたいほどの安心感を覚えた。ふつふつと、胸の内から湧いて来る。クッキーの甘さが拍車をかけて、じわじわと染みわたっていく。
けれども泣いている暇はない。ヨハンナまで来てしまったのだ。
とにかく生きて街に戻らないと。
いまは何時くらいだろうか。立ち上がって、洞窟の外を確認する。空すらも血色に染める赤い月は、頂上からはもう傾いていた。
夜明けが近い。耳を澄ませば風の音だけが聞こえる。そろそろ、洞窟を出てもいいかもしれない。
奥へ戻ると、ヨハンナとフェガリヤが楽しそうに会話をしていた。
「ヨハンナさんは、ゲルトさんを探してここまで来たんですね。すごく……兄想いですね」
「ま、唯一の家族だしねぇ。それに、死んだって言われても信じられないじゃない?」
どうやらヨハンナは、すっかりメサニフティーヴへの興味を失ったらしいが、念のためゲルトは繰り返す。
「ヨハンナ、いいか、そこの竜……メサニフティーヴは俺を助けてくれたんだ。だからひどいことをしないでくれよ」
「わかってるよぉ。最初こそ竜だ! って思ったけど、絵で見てきたのと変わんなかったし。それにフェガリヤの兄さんなんでしょ? 友達の家族にひどいことはしないわよ!」
「……それから、そろそろ夜明けだ。もう少し休んだら、ここを出発しよう。街に戻るんだ」
それを聞いて、フェガリヤがメサニフティーヴへ振り返る。
「兄様、私達もこの人達と一緒に出ましょう。十分に休憩できました……けれども森にはおそらくまだ『戦竜機』がいます。ですから、この人達を森の外までまず送りましょう」
「ああ、そうしよう……」
そう答えたメサニフティーヴの瞳が、もの言いたげにこちらに向いたものだから、躊躇いつつもゲルトは近づいた。
「……私達のことは、人間には黙っていてほしい」
仲良く会話している妹達に隠れるようにして、彼は囁く。
「特にお前の妹。口が軽そうだ」
「ああ見えてしっかりしたところはあるから、安心してくれ。俺達は言わないよ」
兄達は妹達を眺める。フェガリヤがヨハンナの纏う綺麗な布について質問していた。
「……思えばあの子の身だしなみを、あまり気にかけてあげられなかったな」
そんな黒い竜のぼやきを、ゲルトは耳にした。
最初のコメントを投稿しよう!