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夜の新宿二丁目は、昼間と変わらないぐらいの人で溢れている。誰もが顔に笑みを浮かべてリラックスしている。人々にとって、自分を解放できる貴重な場所がここなのかもしれない。女装男子、男装女子。アニメキャラに扮したコスプレイヤー。腕を組んで歩く同性カップルたち。ここでは、どんな姿で歩いていても何をしていても、誰も咎めない、嗤わない、後ろ指を指さない。誰にでも自由に振る舞う権利があるのだと、暗黙の了解となっているからだ。
木佛ヨシタカは、自由な足取りで進むサラリーマンの集団とぶつからないよう、器用に避けて歩いた。
深夜11時30分。丁度これから活気づく時間である。
小さな古いビルに入ると、慣れた足取りで階段を下りた。
『バー・七つ矢』
ここがヨシタカのバイト先。基本的に平日は毎晩働いている。開店時間は深夜0時で、閉店時間は朝6時。マスターの名は、七ツ矢煕。30代のイケメン。女性に興味なし。ヨシタカが男か女かも気にしていない。それがよくてここでのバイトを決めた。
重いドアを開けると、シャランとドアチャームが控えめに鳴った。その音に気付いたマスターが、カウンターの中からヨシタカに顔を向けた。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
一言だけ挨拶を交わすと、スタッフルームに入ってバーテンダーの制服に着替える。
白シャツ、黒い蝶ネクタイ、黒いベスト、黒ズボン。靴は黒ければ何でもよいので、黒のスニーカーだ。
準備が整うと、カウンターでマスターの手伝いをする。
「今日の前菜は何ですか?」
お通しは乾きものだが、本日の前菜としてマスターの手料理が出される。
「チーズ盛り合わせ、ナス田楽、インゲン豆の胡麻和え。ヨシタカ君はそこにあるインゲンの筋を取って下茹でしてくれ」
マスターが指示した先に、ザルに入ったインゲンがあった。それの筋を手早く取って軽く水洗いすると、熱湯で湯掻いてマスターに渡した。それからマスターが仕上げの味付けをする。
グラスの準備、お酒のストック確認。軽く掃除。やることはたくさんあって、開店までの僅かな時間に済ませねばと、全ての行動を急ぐ。
マスターが高級腕時計に目をやった。午前0時丁度だ。
「開店するよ」
「フー、はい」
なんとか間に合わせた。
「そうだ、ヨシタカ君、伝え忘れていた。今夜、占い希望の客が来る予定だ。さきほど電話があって、君がいるかどうか確認してきた。いると答えたけど、良かったかい?」
「大丈夫です」
ヨシタカは、客寄せとして、ドリンク一杯で霊視占い1回無料サービスをしている。
基本的に予約は受け付けていないのだが、ヨシタカがバイトに入るかどうかを電話で確認してからやってくる人もいなくはない。
開店と同時にOL風の女性客が2名入ってきた。
緑のワンピースの女性が泣いていて、赤いワンピースの女性が慰めていた。
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