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 唯一の味方と信じていたアルルにまで見捨てられ、これが孤立無援というものか。 「いや、ここでめげてはいけない。俺一人でやるまでだ」  命の危機と引き換えに、もたらしてくれた貴重な情報。それを無駄には出来ない。  窓の外は、すっかり陽が上がって室内は明るい。気温も上昇して、暑いくらいである。 「今日は一限目からだ!」  ヨシタカは、布団から飛び出した。  一年生は取らなければならない単位が多くて忙しい。  大学に行く身支度を整えながら考察することにした。 「死神かあ……。他人に憑いているのを見たことはあったけど、その時は他人事だったから深く考えなかった……」  狂った人間も怖いが、冷酷非道な死神もとても怖い。  死神に憑りつかれた人間は、数日のうちに死んでしまう。一旦憑いた死神を取り払うことは、不可能に近い。 「なぜ、アルルを見逃してくれたんだろう」  その場で切り殺されてもおかしくない状況だった。それなのに違った。  死神は、契約によって動く。アルルは、契約による排除の対象外で、邪魔さえしなければ、手を下す相手ではなかったということだろうか。  そうなると、死神の役目は、侵入者、あるいは、連れてこられた信者たちに憑いている霊を始末する役目を担っている、という仮説が立てられる。  死神にとっては、生きている人間も死んだ人間も同じ括りであるが、生きている人間がいないでやってきたアルルは、さぞかし奇異な存在に写っただろう。  突然現れたアルルに、死神も戸惑って様子見し、警告だけで済んだのかもしれない。 「死神って、対話できるのかな」  霊と話せるヨシタカでさえも、存在する次元が違うんじゃないかと思っている死神との意思疎通など、鼻から無理だと諦めていた。  しかし、考えを改めた。  死神は殺人ロボットじゃない。ちゃんと自分の頭で考えている。 「人間と契約を交わせるんだし、ロボットじゃないんだから、少しはこちらの話を聞いてくれる余地があるんじゃないかな。それなら多少の希望は持てそうだ」  すでに成立した契約を反故にさせることは不可能にしても、条文の狭間を突いて味方に付けることは可能かもしれない。  トースターに食パンを入れると、タイマーを4分にセットする。 「あー、でも契約するとなると、どれだけの寿命を取られることか」  結局はそこなのだ。  自分の寿命があとどれくらいあるのかなんて、誰も知らない。  知らないのに死神と契約したら、明日死ぬかもしれない。  そこには絶対的恐怖がある。  いつかは死ぬと分かっていても、明日であって欲しくないのが人間である。  だから、死神との契約は恐怖であり、それを凌駕する動機がないと無理だ。 「一体、誰が契約者?」  一番に考えられるのは、教祖しかいない。 「まさか、17歳で夭折したという初代教祖?」  ヨシタカは、ゾワッとして全身に鳥肌が立った。  まさに先ほどの、死神との契約で寿命を取られたら、明日死んでいるかもしれないという想像と、若くして亡くなった初代教祖の境遇が一致した。 「しかし、自分が死んでまで叶えたい願望なんて、ある?」  誰かを恨んでいて、自分の命と引き換えに殺そうとしても、死神と契約する前に他の手段があるだろう。  チーンと、トースターが鳴った。こんがり焼けたアツアツのトーストを、指先でつまんで取り出す。 「それに、契約者が死んだ時点で契約は終了する。今も活動しているということは、生きている人間が絶対に契約しているはずだ」  あの教団をそこまでして守りたいのは、2代目教祖である霊峰頼陀に他ならない。でも、本人はいい歳まで長生きしている。  公式ホームページによると、2代目教祖の霊峰頼陀と、初代教祖の霊峰は親子である。  教団を設立した息子の輝羅が先に亡くなり、父である頼陀が継ぐという逆さ世襲。  嫌な想像をした。  頼陀が息子の寿命を差し出して、死神と契約し、教団を大きくした。  自分の命に影響はないのだから、痛くも痒くもない。  この想像が正解なら、自分の息子を食い物にした最低で卑劣な父親である。  どんな殺人鬼であっても、親子の情だけは持っていて欲しいものだ。 「死神と契約し、歯向かうものを抹殺する。それが、教団の正義としてまかり通っているならば、教団はこの世に存在してはいけない」  ヨシタカは、立ったまま、何も付けていないトーストをサクッと(かじ)った。
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