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「死神に会いたい?」 「そうです」  のどかな田園風景が広がる東京近郊の山村にポツンと立った一軒家。そこでヨシタカに怪訝な顔を向けたのは、七蔵(しちくら)家の当主喜一(きいち)である。  喜一の隣には、彼の息子でヨシタカと年齢がさほど変わらない喜予(きよ)が鎮座している。  仏像の前で法衣を身に着けて座っている二人は、イケオジとイケメン。喜一は剃髪頭で、喜予の髪はツンツンに伸びていて、違いと言えばそこぐらいだろうか。  僧侶であり呪術師でもある喜一について知ったのは、数年前のことだった。  ヨシタカの父貴治が事件を起こして警察に捕まっていた時、接見にきたのが喜一であった。  喜一は、木佛家の因縁を調べていて、貴治との接見を繰り返した。  そのことを叔父の能継から聞いて知っていたが、当時は全く気に留めず今の今まで忘れていた。  死神の知識を持つ適任者を探していく中でふとこの人を思い出したヨシタカは、この人なら協力してくれるのではないかと期待して、住所を調べて訪ねてきた。  突然の来訪であったが、喜一はヨシタカを歓迎してくれて、こうして話す機会を与えてくれて、こうして向かい合っている。  ここに来る前に、彼が信頼に足る相手なのかと、こっそりと霊視を済ませていた。  僧侶なだけあって、喜一の守護神は、大威徳明王(だいいとくみょうおう)だった。信頼できる相手だと判断できたので、単身やってきた。  ここで初めて紹介された喜予の守護神は阿修羅であった。彼は父親の元で修行中の身であるが、霊力は喜一より遥かに強く、彼なら死神と対等に戦えるんじゃないかと思えるほどだった。 「穏やかじゃないね。なんでそんなことを知りたいの?」 「とある事情がありまして」 「君のご両親のことも、親戚のことも、事件に巻き込まれて気の毒だと思うが、人を呪ってはいけない。それも、死神を使おうなんて正気の沙汰ではない」 「呪ってはいけないなんて、呪術師の言葉じゃないですね」 「呪術は、誰かを不幸に陥れるためにあるんじゃない。敵を知ること、すなわち、己を守ること。そのための呪術である」 「自分も人助けをしたいだけなんです!」  ヨシタカは、カルトである天喜教団のこと、洗脳されている信者たちのこと、天喜の国を護る死神のことを打ち明けた。何人もの少女たちが騙されて、すでに亡くなっている初代教祖に嫁ぐというバカげたことから救いたいと、熱い想いをぶつけた。 「幽霊に嫁ぐなんて、普通の精神状態ではありません。悪い奴に食い物にされているんです。彼女らの目を覚まさせたいのに、死神がいて、近づく事さえ出来ません」  喜一は、ヨシタカの真剣な想いを知って、明るい顔になった。 「全ては人助けってことか。いや、安心した。それなら問題ない。誰かのために動く。それを誇りというんだ。君はとても素晴らしい。最高の人格者だ」  褒められる経験が今までなかったヨシタカは、その言葉が心に沁みて震えた。  つい先ほどまで、自分の行動は無駄無価値だから孤立無援になるのだと、やさぐれていた。その心の傷まで癒された。  認められた喜びと、さらに自信までついた。  理解者がいる、それだけで力になるのだと痛感した。 「お願いします!」  ヨシタカは、熱い目頭を隠すように、両手を畳に付けて頭を下げた。 「協力してくださいとは言いません。だけど、自分一人の力では、相手が巨大すぎてどうにもなりません。どうかお力添えをお願いします!」  喜一は、腕組してしばらく考えた。そして、隣の喜予に相談した。 「喜予はどう思う?」 「私は協力してあげたいですね。ああいうやつらが大嫌いなので、ぶっ潰したいです。腕が鳴ります」  やはり、阿修羅が憑いているだけあって好戦的な性格だ。 「死神と関わることは、命に関わる」  その口ぶりでは何か知っていそうだ。死神の恐ろしさを知っているからこそ、関りを持ちたくないと思うのだろう。至極当たり前のことである。 「死神について何かご存じなんですね。どうすれば死神に会えて、味方に付けられるのか、その方法を教えてください! ご迷惑はお掛けしません!」 「君にそのつもりがなくても、向こうはそう思わないだろうなあ。邪魔者には死を。それが彼らの仕事なんだ」  喜一を包む守護神の威光が弱まった。本人が恐怖を感じただけで、守護の力も弱まってしまう。  僧侶でさえも恐怖する。やはり、人間が死神に対抗するなど無理なのかと、ヨシタカは気落ちした。 「分かりました。お二人を危険な目に遭わせることは出来ません。他をあたります。ありがとうございました」  立ち上がろうとしたヨシタカを、喜予が制止した。 「まあ、待ちなさい。焦れば大切なことを見逃してしまう。いいでしょう。私が協力します」 「え?」  驚いたのは、ヨシタカだけじゃなく、喜一もだった。 「喜予、本気か?」 「勿論です。目的はカルトをぶっ潰すことでしょう? 躊躇う理由はありません」  雄々しく澄んだ瞳で、喜予が喜一とヨシタカを見た。 「いいんですか? ありがとうございます!」  ヨシタカは、立てた膝を戻して座り直すと、喜予に向けて深くお辞儀をした。
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