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「彼女に合うカクテルを下さい」  赤いワンピースの彼女が言った。マスターは二人の様子からすぐに事情を察した。おそらく、緑の彼女が失恋して、赤の彼女は慰めていたのであろう。 「では、生レモンを搾ったテキーラサンライズなどいかがでしょう。程よい酸味で、流した涙をスッキリと洗い流してくれるでしょう」 「それにします」  泣いていた女性客は、涙をハンカチで拭きながら言った。  マスターは、大きめのグラスにテキーラを注ぎ、生レモンをスクイザーで搾り、フレッシュジュースを加え入れ、軽く攪拌。さらにグレナデンシロップを沈めてグラデーションを作ると、マドラーを添えて差し出した。 「これは私の涙と同じ色ね」  女性客はうっとりと見つめ、感傷に浸っている。  赤いワンピースの女性が溜まらず手を挙げた。 「私には季節のフルーツを使ったカクテルをお願いします」 「ただいまの季節だとイチゴですね」 「イチゴのカクテルなんて、珍しいかも」 「それほど珍しい訳ではないんですよ。イチゴリキュールがありまして、それを使ったカクテルは「レオナルド」と呼ばれています。牛乳は大丈夫ですか?」 「はい。大丈夫です」  マスターはイチゴリキュール、牛乳、氷をシェーカーに淹れると、シャカシャカとよく振って、カクテルグラスに注いだ。グラスの飲み口に生イチゴを添えると「どうぞ」と差し出した。  見た目はイチゴミルクだが、中はアルコールで大人の味だ。  ヨシタカは、この二人が新しい出会いを知りたくて電話で占い出来るか聞いてきた客なのだろうとずっと思って、いつ言い出すのかと待っていた。ところが、飲み終わっても一向に聞いてこなかった。それどころか、お会計を済ませて帰り支度まで始めた。 「御馳走様。とっても美味しかったです。前を向いて進めそうです」 「元気が出て良かった」  先ほどまで涙を流していたのに、最後は笑顔で出ていった。  肩透かしを食ったヨシタカは、グラスを片付けながらマスターに言った。 「占いのこと、言いませんでしたね」 「彼女たちじゃないよ」 「知っていたんですか?」 「電話口の声は、男性だったからね」 「え? 男性?」  男性が占ってほしいとわざわざ電話までしてくるなんて、ますますもって珍しいことだとヨシタカは驚いた。 「知っていたら教えてください。いつ占って欲しいと言い出すのかと、ずっと待ってしまいました」 「それでソワソワしていたのか」 「そう見えましたか? それなら猶更教えてくれてもよかったのに」 「すまなかったね」  マスターは、口では謝罪しながらも、まったく悪びれていない。 「で、その人はいつ来るんですか?」 「いつとは言っていなかった」  それからも何名か来客はあって、中には男性もいたが、それらしい人はいなかった。
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