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「アヤちゃんの本名は、綾野陽芽(ひめ)っていうの」 「だから、アヤちゃんなんだね」 「アヤちゃんはね、天喜の国の信者なの」 「天喜の国って?」 「カルト教団よ」 「そうだったんだ。全然気づかなかった」 「天喜の国がどんな団体か軽く説明すると、初代教祖は霊峰輝羅(きら)という人で、幼少のころから神の声を聴くことができたと言われ、彼を慕って信者が集まったことで、わずか13歳にして宗教法人天喜の国を設立して初代教祖となった。ところが、17歳で突然神の元に旅立ってしまった。その後、父親が教団を継いで今でも活動している」 「カルトってことは、そこそこヤバいの?」 「ヤバいわねえ」 「どんな風に?」 「とにかく献金が必要で、すべての財産を持っていかれる信者もいる。信者やその家族、知人などの関係者の死亡も多発していて、とにかく闇が深いと言われている」 「ニュースになっていないの?」 「なかなか表に出てこないわね。大抵、自殺や事故、本人の意思による失踪で処理されているんだと思う」 「なるほど」 「表向きは、世界の平和を願う善良な宗教団体を装っているけど、多分、内情はまったく別」 「そんな恐ろしいところなのに、信者が付くのが謎だな」 「信者は教団を妄信している。ある程度のクラスになると、出家して、天喜の国の施設に入って世間から隔離される。そこでは、外部と連絡を取ることができなくて、完全に世俗との関りを断ち切られてしまう。そうなると、目を覚ますきっかけがなくなるんだと思う」 「そんなところで、どうやって生活しているんだろう?」 「在家信者の献金と、自分たちで畑を耕して牛や鶏を飼う自給自足生活になるみたい」 「アヤちゃんもそこに居るってこと? 幽霊と結婚するって、どういう意味だったんだろう?」 「文字通り、亡くなった初代教祖との死後結婚。それが、幽霊に嫁ぐの意味」 「生きているのに、死んだ人と結婚?」  天橋律は、あることを想像してゾッとした。 「まさか、あの世で夫婦になるために、殺されてしまうとか?」 「実は、その可能性は高いかもしれない」 「ええ⁉」  天橋律は、衝撃でそれからしばらく沈黙した。  かつらは、薄くなった水割りを捨てて、天橋律のために新しく作り直した。 「それを飲んで落ち着いて」  グラスを握る天橋律の手が震えている。 「な、何とかして、助けなきゃ。アヤちゃんは騙されているんだ」 「そうでしょうね」 「でも、凄く詳しいんだね」 「いなくなる前から、いろいろ相談に乗っていたし、勧誘もされていたからある程度は知っていた。趣味なくて聞き流していたけど、彼女がいなくなったことで詳しく調べてみると、かなり危険視されているカルト集団だった。それと、いなくなる前にいろんな人から借金していて、その額は数百万にもなる。私も被害者の一人だったんだ」 「そんなに借金が⁉」 「最初から返す気はなかったんだろうなって思うと、こっちは騙された気分。だって、誰も追いかけられない場所に行ってしまったんだもの」  あんなに貢いだのに、まだ足りなくて、人を騙して借金を重ねていたことがショックだった。 「結局、それも献金になっていたんでしょうね。初代教祖の花嫁になるには、多額の献金が必要らしいから」  アヤちゃんは、倹約家で、ブランド品とは縁のない生活をしていると思っていた。  たびたび、両親が病気で入院費が足りないとか、弟と妹の学費を自分が払っているとか、日々のお金に困っていると話していて、それで、何かの足しにでもなればと、店の売り上げに貢献する他にも、生誕祭には高級ブランドのバッグや服、アクセサリーなど、いくつもプレゼントした。  お陰でナンバーワンになれたと感謝されて、それだけで満足していた。  まさか、それらが全部カルト教団に流れていたなんて、できれば信じたくない。 「その花嫁って、一人じゃなくて、何人もいるの?」 「ええ、そうよ。毎年選抜があって、多額の献金、年齢、容姿、厳しい面接で候補者が選出されるみたい。彼女は最終選抜まで残ったから天喜の国に行くことになって、今は花嫁修業をしているんでしょうね」 「詳しいんだね」 「まあね。私もお金を貸しているから気になってしまって、かなりのお金と時間を掛けて調べたんだ。でも、調べれば調べるほど、彼女の身が心配になってしまった。もうお金はいいから、それよりも無事な顔を見たい」 「そこまで労力を費やして手に入れた大事な情報を、僕にくれていいの?」 「教える目的は、協力者を増やすこと。私が今消えたとして、証言者が多い方がいいから」 「殺されるかもしれないのに、その覚悟までしているんだ」 「人知れず姿を消したら、警察に証言してね」  かつらは、半分冗談のように軽く言ったが、彼女は覚悟が違うと天橋律は心から感心した。 「いや、ここまで知ったからには、僕にもやらせてほしい」 「どういう意味?」 「天喜の国には行った?」 「いいえ」 「それなら、僕が行く」 「ええ⁉」 「天喜の国へ行って、直接アヤちゃんに会って話してくる!」 「生半可な気持ちじゃ、殺されに行くようなものだけど」 「そこは気を付ける」 「頼もしいわね。それなら任せるわ。アヤちゃんを連れ出してきて」  かつらに褒められて、天橋律は、俄然やる気が出た。
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