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6
日が暮れて、バー・七ツ矢に灯が灯る。
看板を出そうと外に出たヨシタカは、そこに居た喜予に気付いてビクッとした。
「わ! 驚いた!」
「よう」
法衣姿の喜予は、個性が集う新宿二丁目にあって、なんら遜色なく、威風堂々としている。
「こんなところで、どうかされたんですか?」
「客だよ。飲みに来たんだよ」
「それは失礼しました。いらっしゃいませ」
このバーに、開店前から待っている客など今まで見たことがなかった。何か探りにでも来たのだろうかと、ヨシタカは半分警戒した。
中に招き入れると、喜予は、マスターに「こんばんはー、ヨシタカ君の友人です」と、軽く自己紹介しながら、堂々歩いてカウンターの端に腰かけた。
調子いい奴だと、ヨシタカは呆れた。
マスターは、上機嫌だ。
「ヨシタカ君がご友人を呼ぶなんて、初めてだね」
「お勧めって、ありますか?」
「お好きなアルコールはございますか? それをベースにカクテルをお作りします」
「じゃあ、日本酒を俺のイメージで出してもらおうかな」
喜予は、日本酒のカクテルなど無理だろうと無茶振りしたつもりだったが、マスターは涼しい顔で白色のカクテルを差し出した。
「どうぞ」
「これが俺のイメージ?」
「サムライです。日本酒をベースに、ライムとレモンで割った爽やかな味わいとなっております。こちらがお客様にピッタリかと」
「勇ましいネーミングだな」
喜予は、まんざらでもない顔でカクテルグラスを手に取ると、一口飲んで、「うまい! 気に入った!」と、喜んだ。
(さすが、マスターだ)
ヨシタカは、マスターの接客手腕に改めて感心した。どんなに意地悪な客であっても、必ず自分のファンにしてしまうのだ。
「いらっしゃいませ」
新規のカップル客が入ってきたので、マスターはそちらに行った。
「本当にお酒を飲みに来ただけじゃないんですよね? 何が目的ですか?」
「二丁目のバーって、興味あったんだよね。だけど、ここは普通のバーだな」
「それは残念でしたね」
「マスターはゲイで、バーテンダーはおなべ。うん、実に普通だ」
「は?」
ヨシタカは、喜予を真顔で見つめた。
「なぜ、そんなことを?」
「そうなんだろ? 俺は騙せないぜ」
「このバーは、そのことを売りにしていません。あまり口にされない方がいいかと」
「ダメ? このエリアでは、なんでもありじゃないの?」
「勘違いされてはいけません。逆に、面倒なルールが店ごとにあったりします。ここではダメでも、他ではいいかもしれません。ここでは良くても、他では追い出されないとも限りません」
「それはともかく、否定しないの?」
「否定自体が失礼な場合もありますから。これを面倒だと思うのなら、近づかないのが一番です」
「そこまでは言っていない。それより、昼間は何をしているの?」
「内緒です」
「そっかー。残念。ね、今度、教えて?」
「いやです」
「冷たいなあ」
「聞いてどうするんですか?」
「知りたいんだよ。君、面白いから」
「面白い?」
「案外、気に入っている」
「告白されているんでしょうか?」
「そうかもね」
「申し訳ありません」
「今度、昼間に会おうよ」
いくら断っても諦めの悪い喜予。終わりの見えない雑談をしていると、急に禍々しい霊気が店内に入ってきた。そのことをいち早く察したヨシタカと喜予は、会話を止めておし黙った。
「……」
「……」
霊気は強く濃くなっていき、あっという間に店内中に広がって気温まで下がった。相当強大な悪意が近づいてくる証拠である。
「これは、来るな」
「来ますね」
「かなりヤバいぞ」
「同意します」
マスターとカップル客は、異変に気づかないで談笑している。
「彼らにこのまま気づかれずに対処したいです」
「外に出るか」
「そうですね」
二人で入口を見ていると、ドアが開いて、ブルブル震えた天橋律が真っ青な顔を出した。
「天橋律さん!」
「知り合いか?」
「綾野陽芽さん捜しの依頼者です」
「どうやら彼は、それでかなり厄介なものを背負い込んでしまったようだな。その上、ここまで連れてきちまった」
喜予の言った厄介なもの。それは、天橋律の後ろに立つ、大鎌を携えた死神のことだった。
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