6

1/8
前へ
/55ページ
次へ

6

 日が暮れて、バー・七ツ矢に灯が灯る。  看板を出そうと外に出たヨシタカは、そこに居た喜予に気付いてビクッとした。 「わ! 驚いた!」 「よう」  法衣姿の喜予は、個性が集う新宿二丁目にあって、なんら遜色なく、威風堂々としている。 「こんなところで、どうかされたんですか?」 「客だよ。飲みに来たんだよ」 「それは失礼しました。いらっしゃいませ」  このバーに、開店前から待っている客など今まで見たことがなかった。何か探りにでも来たのだろうかと、ヨシタカは半分警戒した。  中に招き入れると、喜予は、マスターに「こんばんはー、ヨシタカ君の友人です」と、軽く自己紹介しながら、堂々歩いてカウンターの端に腰かけた。  調子いい奴だと、ヨシタカは呆れた。  マスターは、上機嫌だ。 「ヨシタカ君がご友人を呼ぶなんて、初めてだね」 「お勧めって、ありますか?」 「お好きなアルコールはございますか? それをベースにカクテルをお作りします」 「じゃあ、日本酒を俺のイメージで出してもらおうかな」  喜予は、日本酒のカクテルなど無理だろうと無茶振りしたつもりだったが、マスターは涼しい顔で白色のカクテルを差し出した。 「どうぞ」 「これが俺のイメージ?」 「サムライです。日本酒をベースに、ライムとレモンで割った爽やかな味わいとなっております。こちらがお客様にピッタリかと」 「勇ましいネーミングだな」  喜予は、まんざらでもない顔でカクテルグラスを手に取ると、一口飲んで、「うまい! 気に入った!」と、喜んだ。 (さすが、マスターだ)  ヨシタカは、マスターの接客手腕に改めて感心した。どんなに意地悪な客であっても、必ず自分のファンにしてしまうのだ。 「いらっしゃいませ」  新規のカップル客が入ってきたので、マスターはそちらに行った。 「本当にお酒を飲みに来ただけじゃないんですよね? 何が目的ですか?」 「二丁目のバーって、興味あったんだよね。だけど、ここは普通のバーだな」 「それは残念でしたね」 「マスターはゲイで、バーテンダーはおなべ。うん、実に普通だ」 「は?」  ヨシタカは、喜予を真顔で見つめた。 「なぜ、そんなことを?」 「そうなんだろ? 俺は騙せないぜ」 「このバーは、そのことを売りにしていません。あまり口にされない方がいいかと」 「ダメ? このエリアでは、なんでもありじゃないの?」 「勘違いされてはいけません。逆に、面倒なルールが店ごとにあったりします。ここではダメでも、他ではいいかもしれません。ここでは良くても、他では追い出されないとも限りません」 「それはともかく、否定しないの?」 「否定自体が失礼な場合もありますから。これを面倒だと思うのなら、近づかないのが一番です」 「そこまでは言っていない。それより、昼間は何をしているの?」 「内緒です」 「そっかー。残念。ね、今度、教えて?」 「いやです」 「冷たいなあ」 「聞いてどうするんですか?」 「知りたいんだよ。君、面白いから」 「面白い?」 「案外、気に入っている」 「告白されているんでしょうか?」 「そうかもね」 「申し訳ありません」 「今度、昼間に会おうよ」  いくら断っても諦めの悪い喜予。終わりの見えない雑談をしていると、急に禍々しい霊気が店内に入ってきた。そのことをいち早く察したヨシタカと喜予は、会話を止めておし黙った。 「……」 「……」  霊気は強く濃くなっていき、あっという間に店内中に広がって気温まで下がった。相当強大な悪意が近づいてくる証拠である。 「これは、来るな」 「来ますね」 「かなりヤバいぞ」 「同意します」  マスターとカップル客は、異変に気づかないで談笑している。 「彼らにこのまま気づかれずに対処したいです」 「外に出るか」 「そうですね」  二人で入口を見ていると、ドアが開いて、ブルブル震えた天橋律が真っ青な顔を出した。 「天橋律さん!」 「知り合いか?」 「綾野陽芽さん捜しの依頼者です」 「どうやら彼は、それでかなり厄介なものを背負い込んでしまったようだな。その上、ここまで連れてきちまった」  喜予の言った厄介なもの。それは、天橋律の後ろに立つ、大鎌を携えた死神のことだった。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加