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 死神が与える恐怖は想像以上で、今更だが、どうしてあの男のためにここまで命を張るのか、喜予にはヨシタカの考えがさっぱり理解できなかった。 「ここまでする必要って、あったか?」 「……」  そこまでする必要があるのか。  ヨシタカにも、よく分かっていない。確かに死神は怖い。その一方で、好奇心を抑えることが出来ない。 「あえて言うなら、良心、そして好奇心……かな」 「酔狂な奴だ」 「何とでもどうぞ」  一瞬だけ恐怖を忘れて苦笑した。少しだけ気力が戻る。 「さあ、俺たちの死神よ、現れろ。ここで出てこなかったら、契約違反だぞ」  ヨシタカたちは、期待して自分たちの死神を待った。  しかし、一向に出てこない。  ヨシタカの額から、玉のような汗が零れ落ちて、ゴクリと固唾をのみ込んだ。 「まさか……。このまま現れないのだろうか……」 「そんなことをしたら、契約不履行だ。死神にとって、それは己の死だろう」 「そんなに重いなんて! じゃあ、出てくるよな」  ヨシタカから背後の死神を見ることは出来ないが、喜予からはよく視えた。  漆黒のマントは、全ての光を吸収している。フードの下に見え隠れするドクロは、まるで宇宙の闇に浮かんでいるようにも見えた。  骨と皮だけの手が掴んだ大鎌。そこには美しい波紋が浮き出た刃がついている。しかし、何故か何も写り込まない。  死神の居場所は、黄泉の入口。ひとたびその手にした鎌を動かせば、ヨシタカの霊魂は肉体から引きずり出され黄泉の国へと連れていかれるだろう。 「迂闊には動けないな」  しかし、このままにしておけばいずれヨシタカは死んでしまう。そう考えた喜予は、勝算など一つもないくせに、「死神! こっちへ来い! 俺が相手してやる!」と挑発した。  しかし、それは逆効果であった。 「こいつを始末したら、次はお前だ」 「しまった!」  喜予の挑発が死神を怒らせてしまった。 「グッ……」  いよいよ窮地と、ヨシタカは、目を固く閉じた。  死神が大鎌を動かして、ヨシタカの喉笛を切り裂こうとした。ところが、途中で動きが止まった。 「う?」  いくら待っても切らってこない。 「ヨシタカ!」  喜予の呼び声でヨシタカが目を開けると、目の前で、大鎌の刃を二つの小鎌の刃がグググと力を込めて止めていた。  ガチーン!と、金属の当たった音と共に、死神の大鎌が空を飛んでいった。死神は、すぐさまそれを追いかけてヨシタカから離れた。  ヨシタカは死を免れた。 「やっと来た!」 「待っていたんだよ」 「……」  契約死神は、黙って大鎌の死神を見ている。 「あいつに勝てる?」 「……」  契約死神は、何も言わずに俊敏な動きで宙を飛び、大鎌死神へと向かった。  大鎌死神が大鎌を手にすると、飛んできた契約死神に刃を向けた。  ――ガイーン!  両者の鎌の刃がぶつかり合って、火花が散る。  二体の死神は、お互いに一歩も引かず、鎌と鎌がぶつかり合う空中戦へと突入した。 「すげー、迫力!」  喜予は、元から好戦的のようで、興奮して見守っている。  両者を比べると、ヨシタカたちの死神の方が小柄で非力に見えたので心配になった。 「喜予、もしこっちの死神が負けたらどうなると思う?」 「ヨシタカ、負けることを前提に戦うなよ。それはもう、気持ちで負けているってことと同じだ。だったら、最初から戦わないことだ」 「そうだな。悪かった」 「とはいえ、確かにこっちは不利そうだ。俺たちに加勢が出来ればいいんだがなあ」  喜予には戦闘神阿修羅が憑いているので、もしかしたら助けてくれるかもしれないが、ヨシタカの守護神はマリア観音。こちらは戦いに不向きだ。  神同士には厳格な序列があり、おそらく下位にいるのは死神で、それを破ることはないとはいえ、どこまで阿修羅やマリア観音の命令に従ってくれるのか分からない。  死神同士の戦いは終盤となり、大鎌死神の振り下ろした鎌の刃がこちらの死神のドクロを直撃してヒビが入った。ピンチに陥っている。 「ああ! 危ない!」 「負けるな!」  大鎌死神が(とど)めの一撃を与えようとしたその時、こちらの死神が小柄な体を駆使して相手の背後に回り込み、小鎌で頭頂部に最大の一撃を与えた。  大鎌死神は、「グワーッ」と絶叫すると姿を消した。小柄な死神が大柄な死神を撃退した。 「やった! 形勢逆転だ! 逃げて行った!」 「もうだめかと思った」  両手に小鎌を握り締めた死神は、「ハァー、ハァー」と、肩で息をしている。  その姿を正面からまともに見たヨシタカと喜予は、「あ!」と、声が漏れ出た。  割れたドクロの下から女の子の顔が見えていた。  見てはいけないものを見た気がして、ヨシタカと喜予は顔を見合わせた。 「えーと、これは、どういうこと?」 「あのドクロは仮面ってことじゃないか?」  普通は、肉の下にドクロが隠れているが、これは逆パターンだ。 「てっきり全身骸骨なのかと思っていた」 「でも、死神の手には皮膚も爪もある。つまり、そういうことか」  その意味が分かって腑に落ちる。  契約死神の元に、恐る恐る近づいた。  やはり、割れたドクロの下には顔があって皮膚も肉もある。 「それって、仮面なんだ。割れてしまったね」  死神は、重い口を開いた。 「我々死神は、恐怖の象徴としての威厳を保つためと、特定を避けるためにドクロの面で顔を隠して匿名で活動している。通常このような無様な姿を見せることはないのだが、不覚であった」  死神は、よほど不本意だったようで、憮然としたまま表情を動かすことはなかった。 「でもさ、驚いたけど美女で嬉しいよ。うん。もっと仲良くなりたくなった」 「だから隠すんだ」 「え?」 「死神が顔で判断されたら、商売あがったりになる」 「それはそれでいいんじゃないか。美しき死神にゾクゾクするなあ。口説いていい?」 「死んでもいいなら」  死神も恋愛対象にする節操のなさに、ヨシタカは呆れた。  煩悩の塊は喜予だなと思った。
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