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死神は、喜予にそれ以上の関心を寄せることはなかった。
「我は契約を履行した。約束のものを貰おう」
「約束のものとは何だっけ?」
忘れた振りの喜予を死神が三白眼で睨みつける。
「とぼけると、お前たちの寿命も貰うぞ!」
恫喝に怯えて、「すみません!」と、思わず謝ったのはヨシタカだ。
喜予は諦めずに食い下がる。
「でも、まだ契約を履行したとは言えないんじゃないか?」
「笑止千万! この期に及んで、まだ言い逃れが出来ると思っているのか?」
「こう言っては何だが、本当に相手を追い払ったんだろうか? あれは、どう見ても逃げられただけ。この後も再来しないとは限らないんじゃないか?」
「何⁉」
喜予は、父の寿命を守るため、なんとか死神を論破して撤回させようと必死だ。
「契約では、完全に消滅させたら全部、追い払うだけなら半分。もしここで親父の寿命を半分渡してから、先ほどの死神が俺たちの前に現れたらどうする? 俺は間違いなく契約違反で訴えるな!」
(誰に⁉)
思わず、ヨシタカは心の中で突っ込んだ。
死神との諍いを裁定する制度があるとは思えない。しかし、喜予も喜一を守るために必死である。
死神が素直に引き下がるとも思えない。むしろ怒らせないか心配だ。
「あいつは我が追っ払った!」
「証拠は?」
「貴様、疑うのか?」
「俺は、確かめているだけだ。さあ、どうなんだ? 向こうの死神は、今頃反撃のチャンスをどこかで伺っているんじゃないか?」
「我を怒らせるつもりか!」
あれこれ屁理屈をこねて渡すまいとする喜予に、死神がとうとう怒りを拗らせて小鎌を上段に構えた。
「もう契約は関係ない! 今ここでお前の寿命を頂く!」
(ほら、やっぱり怒らせた!)
ヨシタカは、恐れおののいたが、当の本人は平気な顔をしていて、余裕さえ見せている。どこからその自信が沸いてくるのか不思議である。ヨシタカは、いつも自信がない。羨ましい限りである。
「いいだろう! どっちが正しいか、勝負だ!」
「人間が死神と対等に戦えると思っているのか!」
「出来ないと誰が言った?」
喜予の守護神阿修羅が現れて睨み合い、このまま戦闘に突入しそうである。
これ以上の挑発は、死神も引き下がれなくなり、どちらにも損失しかない。
ヨシタカは、慌てて割って入った。
「分かった! 死神さん! 俺の寿命をやるから、それで許してください! 彼は、もとはと言えば無関係の人間です。口は悪いけど、いい奴なんです。どうか見逃してやってください」
ヨシタカの真っ直ぐな目を以てしても、死神は戦闘体勢を解かず、そのままヨシタカに向かってきた。
「それなら、お前からだ!」
「ワア!」
2丁の小鎌がヨシタカの頭部目掛けて振り下ろされて、身をすくめた瞬間、ヨシタカの体が後方にすっ飛んだので、小鎌は空振りした。
「後ろに飛んだ?」
どうみても人間の動きじゃなかった。
喜予も死神も驚いたが、自分の意志では動いていないヨシタカが一番ビックリしている。
「一体、何が起きたんだ?」
呆然としているヨシタカの耳元に、鈴のような声が聴こえてきた。
「サングルス」
「え?」
「サングルス」
「サングルス?」
「死神サングルス」
声のした方を見ると、白い光の塊があった。
ヨシタカは、それがマリア観音の光だとすぐに理解した。
「そうか! あいつの名前を教えてくれたんですね!」
死神が向かってきた。
「我との戦闘中に何をごちゃごちゃと!」
「サングルス!」
「え!」
ヨシタカの声で、死神の動きがぴたりと停まった。
「君の名前は死神サングルスだな!」
「な、何故、それを……」
「君は今から俺の支配を受ける!」
「く……」
「もう彼に手出しするな。喜一さんの寿命も手放せ」
「ふん!」
死神サングルスは、悔しそうにしたが、もう襲ってくることはなく、そのまま姿を消した。窮地を脱して、マリア観音に心から感謝した。
「マリア観音様! ありがとうございました!」
マリア観音の知恵に護られた。知恵は腕力より強し。自分の守護神は頼りにならないと、見下していたことを猛省した。
喜予は、近くで狐につままれた顔をしている。
「今、なんで後ろに飛んだ? 何もしないで死神は何故消えた?」
疑問だらけで、どこから手を付けたら分からないほどだ。
「死神は名前を知られると支配される、って噂は本当だった。俺があの死神の名前をサングルスだと知ったことで、支配できたんだ」
「凄いなあ。どうやって知ったんだ?」
「俺の守護神様のお陰だ」
ヨシタカは、自分の守護神の説明をした。そのついでに、喜予は阿修羅が護っていることも説明した。
「だから、つい話し合うより戦いたくなるのかなあ」
「いや、多分それは、持って生まれた性格だと思うよ」
「これで俺たちには死神の手駒が増えたってことか」
「せめて、仲間って言おうよ」
「このまま、天喜教団に乗り込んじゃおうぜ!」
何故か喜予が強気になる。
「死神を仲間にしただけで、そんな簡単に行く?」
「俺たちには阿修羅もマリア観音も憑いているんだろ? 最強じゃないか。これで行かないというなら、この後どうするんだよ」
「どうするって……」
喜予の言う通り、どう考えても直接乗り込まないことには解決しない。
「分かった。まずは敵地の偵察ってことで、行ってみよう」
「そうだ、行こう!」
「その前に、バーへ戻らなきゃ。店を出てから随分と時間が経ってしまって、バイト代を引かれそうだ」
歩き出したヨシタカは、メンソールの漂う煙に気付いた。
「この臭いには覚えがある……」
兼高かつらの姿を探したが、どこにも見当たらない。
(この場にいて、タバコを吸いながら一部始終を見ていたんだろうか。事が終わるまで見届けると、見られる前に去っていったのか)
ヨシタカや天橋律に接触していく、一連の謎の動き。
彼女には、隠された真の目的がありそうな気がした。
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