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数日後の早朝5時。
バイトを終えたヨシタカは、一睡もしないまま喜予と待ち合わせの東京駅へと向かった。
朝もやに包まれた駅は、旅行客や通勤客がまだまばらである。どの店も開店前だから、静かで閑散としている。
大きなシャッターの前で待っていると、私服の喜予が死神サングルスを連れてやってきた。ヨシタカに向かって大きく手を振っている。
二人の距離が妙に近くて変な感じがした。まるで、一緒に夜明けを迎えたカップルのようだった。
二人がヨシタカに近づいてきた。
「いつの間に仲良くなったんですか?」
「実は、敵の死神が襲ってきたんだ」
「そんなことが!」
「あいつは、俺を騙して近づいてきて、寝首を掻こうとした。そこに、サングルスちゃんが颯爽と救いに来てくれたので助かった」
「無事で良かったです」
「恥ずかしながら、それからは共に日夜を過ごす仲となった」
「は?」
手駒とか酷いことを言っていたくせに、手のひら返して何を言っているんだとヨシタカは驚いた。
今の喜予はベタ惚れなのか、熱い目でサングルスを見ている。
一方、サングルスは、喜予と一切目を合わさず、冷たい表情を崩さぬままで、「適当なことを抜かすな。我はお前の寿命が欲しいから、他の死神に取られないよう見張っているだけだ」と唸った。
「サングルスちゃんは、ツンデレだから」
いやいやいやいやと、ヨシタカは喜予をサングルスから引き離して二人だけで話した。
「目を覚ましてください。あなたは悪い夢を見ている。あれは、まごうことなき死神です。のめり込むと命を取られます」
チラチラとサングルスの顔を見ながら注意したが、多分、こちらの会話は筒抜けだろう。
「心配無用。そこはちゃんと分かっている」
本当に分かっているのか怪しいものだ。
「今はとにかく、あっちの問題を片付けようぜ」
サングルスの元に戻ると、喜予は、恋人同士のように片腕をサングルスの肩に回して抱き寄せた。サングルスは、拒否もしないが喜んでもいない。
「問題が片付いたら。俺たちは一緒に暮らそうと思っている」
「それをのめり込みだと言っているんです!」
喜予に危機感がなくて、思わず声を荒げてしまった。
死神と一緒に暮らそうなど、正気の沙汰ではない。
ヨシタカは、あまりに喜予の言動が信じられなくて、裏の意図を探った。
(言葉通りに受け止めてはいけないのかも)
何か秘密の目的があって、死神をそばに置こうとしているのかもしれないと思うことにした。
「さ、特急に乗るんだろ。一番早いのは何時出発かな」
喜予は、液晶の時刻表を眺めた。
「いえ、各駅停車で行きます」
喜予が唖然とした。
「なんで⁉ 山梨だぞ?」
「そんなに遠くないですから」
「時間が掛かるじゃないか」
「いいんです。大した違いじゃありません。それなのに、料金が全然違います。節約したいんです」
「節約って……。まあいいか……。その分、旅情を長く楽しめるってことだ」
喜予は、渋々とヨシタカの意見を受け入れた。
ノロノロと進む鈍行の中では、喜予が隣に座らせたサングルスとイチャイチャしていて、ヨシタカは目のやり場に困った。
(死神から見て、彼のような人間をどう思うんだろう?)
サングルスの様子から、胸の内を窺い知る事は出来ない。案外、理解の範疇を越えていて、対処方法が分からないのかもしれない。
喜予が何をしようとも、サングルスの冷たい態度は変わらない。それでも、心が折れない喜予には感心するしかない。
(まあいいか。喜予には喜予の考えがあるだろうし、素人じゃないんだから、任せよう)
ヨシタカは、車窓を眺めながらこれからの作戦を考えた。
アルルから、おおよその情報は聴いている。
(正面突破は難しいだろう。幸い、警備は甘いようなので忍び込めそうだ。あの死神が邪魔さえしなければ)
ヨシタカは、喜予とサングルスに言った。
「これからの作戦についてですけど」
「ん?」
喜予が視線だけヨシタカに向ける。
「問題は向こうの死神です。それで、サングルスにおびき出して貰おうと思います。死神の気を引いている間に入ります」
「中には多くの信者がいるんじゃないか?」
「そこで、新しく来た信者を演じます」
「なるほど。それなら、信者服を手に入れたいな。怪しまれないために」
紛れ込み作戦を発案した喜予に、本当に僧職なのかと疑ってしまう。
「まんまと侵入出来たら、綾野陽芽さんを捜して連れ出します。勿論、力づくではなく、説得します」
「聞く耳を持つかな?」
「こればかりは、やってみないと分かりません」
「騒がれたら終わりだぞ。俺たちは一蓮托生だからな」
「分かっています。そういう喜予さんは、いい方法がありますか?」
「向こうに着くまでに考えておくよ」
そう言った喜予だったが、サングルスに視線を戻すと、途端ににやけた。何も考えていないとしか思えないふぬけ顔だった。
(信用して大丈夫かなあ……)
一抹の不安を抱えたヨシタカだった。
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