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すきっ腹を抱えて布団に入っても、寝られない。
「お水……」
飲水は許されている。
起き上がると、廊下に静かに出て洗面所まで行った。
ここの水は、裏山の湧き水を引いているので、とても冷たい。その水をお腹一杯になるまで飲んだ。
これで何とか寝られそうだと部屋に戻る時、玄関の前を通った。
ふと、気分転換に星を見たくなった。
ますみは、鍵を開けて、こっそりと外に出た。
そこにスーツの男が立っていたので、吃驚して悲鳴を上げようとした。
「ヒィッ」
「怪しいものではありません!」
スーツ男は、丁寧にお辞儀した。
「ど、どなたですか? こんな深夜に、ここで何を?」
「こんばんは。驚かせて申し訳ございません。私は、天喜教団の信者です。こちらでお世話になろうと思い立ってやってきました。一刻も早く教祖様にお会いしたく、居ても立っても居られなくて家を飛び出したら、こんな時間に到着してしまいました」
「そうでしたか」
昼夜を問わず、押しかけてくる信者はよくいる。
「皆さんが寝ているので起こしてしまうのも悪いと思い、ここで朝になるのを待っていました」
ますみは、その説明を鵜呑みにした。
ここでは、信仰が全て。そのような人がいても変ではない。
「では、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます。お手数をおかけします」
物腰柔らかで優しい感じと丁寧な言葉遣いは、デパートの同胞たちを思い出す。
ますみは、彼をすっかり信用して応接室に通した。
新入りがくる話は聞いていないが、幹部なら何か知っているかもしれない。
「上の者を呼んできます。それまでここでお待ちいただけますか」
「承知いたしました。でも、深夜ですので結構です。朝になるまで、ここを使わせていただきます」
「そう言うわけにはいきません」
男を一人残すと、奥まった場所にある幹部の部屋まで呼びに走った。
一人を起こして事情を説明したが、「そんな話は初耳だ」と、幹部は訝しむばかりである。
何とか説得して一緒に応接室に行くが、電気は消えているし、男の姿も消えていた。
「夢でも見ていたんだろう」
起こされて不機嫌な幹部にまた怒られた。
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